◆第1章 同居人はラジオパーソナリティー

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 番組が始まって半年くらい経過した頃、突然、塩崎が大きなボストンバッグを抱えてスタジオに来た。そのバッグのあまりの大きさに驚いた大介やスタッフたちが事情を聞けば、当時、同棲していた恋人に追い出されたのだという。今夜から寝る場所を探さないといけない、と大きな体を折り曲げてしゅんとしている塩崎があまりにも気の毒で「うち、部屋空いてるからくるか?」と大介が何気なく声をかけたのが、共同生活の始まりだった。  塩崎は、バイトでの真面目な仕事ぶりも評判がよく、若いのに礼儀正しく謙虚なところも印象が良かった。そんな塩崎となら、しばらく一緒に住んでも問題はなさそうだと直感で思ったが、実際、一緒に住んでみて何も問題なく、大介があまり得意ではない家事全般を積極的にやってくれて、むしろ助かっている。十歳も年齢が離れていることもあり、親戚の子を預かっている感覚に近いのかもしれない。 「次のメールです。ラジオネーム、ドラゴンズ父さんから『そろそろ筍の美味しい季節ですが、アキくんはもう食べましたか』あー、まだ食べてないですね。そっか。筍、いいですね。スーパーで見つけたら、天ぷらにしようかな。お塩で食べるの、美味しいですよね。僕ね、去年、天つゆ卒業したんですよ。へへへ」  隣の市川が、ふはっと吹き出す。 「なるほど。同居人がおじさんだと"天ぷらは塩"になるかー」 「うるせぇ」  市川とは同期入社だが、彼は高校生バイトからラジオ局に就職したこともあり、大介より4歳も若く、こうやって大介をおじさんキャラとしてからかってくる。しかし、そもそも困っている塩崎に「一緒に住んでやれば?」と背中を押したのは市川で、今では二人の共同生活で垣間見えるやりとりを面白がってくれている。市川もリスナー同様、塩崎の声のファンであり、塩崎をかわいがっている大人の一人でもあるのだ。  ミッドナイトウィークエンドは午前0時まで、音楽を挟みながらリスナーから届くメールを読んで応えていく穏やかでゆるゆるとした番組だ。特に塩崎の日常トークをリスナーは毎週楽しみにしている。二十五歳の等身大の塩崎をさまざまな年齢のリスナーが時には家族のように、時には友達のように見守っている。そんな不思議な関係を成立させてしまったのは、塩崎の人柄だろう。 「今日もたくさんのメールありがとうございます。それでは、今夜の一曲目、僕もお気に入りの一曲です。Hopesの十周年記念ソング『テンカウント』」  曲が始まると同時に、バイトのスタッフがプリントアウトした番組宛に届いたメールを持ってブースに入ると塩崎はスタッフを笑顔で迎え、笑顔で見送る。  隣の市川は放送中に届いたメールから塩崎が読むメールを選び、大介も今日の進行台本に目を通し、他のスタッフも各々の仕事をこなしている。  楽しかった週末の日曜日から、仕事や学校が始まる月曜日へのゆっくりと橋渡しをする。それがこの番組の役割でもあった。
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