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神は言われた「光あれ」と、そして文字通り暗闇に火が灯る。
荒涼とした大地が果てしなく続く、空は白く均質的である。初老の男が一人、荒野に立っている、ボロ布をまとい、一振りの短剣を身に着けている。神は男に言った。
「私に似せてお前を創った、この世界の命運をお前に託そう、幾多の試練に打ち勝ち、未来を切り拓くのだ。さて、君の眼前に突如巨大な塔が現れる」
男がふと意識した瞬間、円錐状の巨大な塔が天を突き刺さんばかりに伸びていた。
「塔は長い年月によってところどころ崩落し、植物の侵食を許している」
俄に塔につる草が絡まりだし、外周にぐるりと螺旋階段、明り取り、トーチなどが設えてありややあって部分部分が崩れ落ちた。
「偉そうに指図されるのも、面倒事もごめんです」初老の男が答える。
「…君に逡巡している暇はなさそうだ、ドラゴンが現れる、ドラゴン族の中でも最強と呼ばれるレッドドラゴンだ」
地上に影が差す、150フィートはあろうかという巨大な竜が飛翔し男の前に降り立つと、地を揺るがす咆哮とともに炎の息を吐いた。レッドドラゴンのブレスは全てを灰に帰する強力な火炎だ。
「走るのだ!ドラゴンは塔の中までは追ってこられまい」
だが、男は動かなかった。業火に晒された男は一瞬で燃え尽きた。
「なぜ動かないのだ!…もう一度機会を与えよう、くれぐれも勇者らしい行いを」
ふと気がつくと、男は、月明かりさす森の小路に佇んでいた。鋭い女の悲鳴が響く、そして無数の獣の荒い息遣いが迫ってくるのが聞こえる。悲鳴はやがて切迫し、凄惨さを物語るかのように喃語に代わった。
しかし男は動かなかった。女は死んだ。
「意思を持ち戦うのだ、どのような苦難も君の意思通りになる、戦うのだ」
男は、月明かりさす森の小路に佇んでいた。
「女の悲鳴、悲鳴というか、絶世の美女!が野犬に追われている!野犬といっても苦労なく追い払える程度のものだ、さぁ!」
だが、男は動かなかった。
神は怒り男を責め立てた。手初めに男の父母を創造すると、目の前で惨たらしく殺した。それでも男は動かなかった。恋人を殺されても、幼い息子や娘を殺されても動じなかった。神は一層怒り狂い、ありとあらゆる責め苦を男に科した、そうして神が男に託した世界は、争いと憎悪に満ちた。
「なんということだ、これがお前の選んだ世界か、これでは地獄そのものだ」
「あなたの望んだ世界でしょう」
男は徐に短剣を握り、切っ先を自らの喉に向けると一息に突いた。神があっという間もなく男は死んだ。
神はこの世界に関与する唯一の接点を失い。
そして神もまた死んだ。
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