独り少女は天国を目指す

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 『地獄への道は善意で舗装されている』ということは、逆説的に『天国への道は悪意で舗装されている』ということになる。ははぁ、だから母君は『人の嫌がることを進んでやりなさい』と言っていたのか。  そんな敬愛すべき母君が天国へと旅立ってから数年が経った、とある日。私は母君へ伝えなければならないことができた。それからというもの、天国へ赴かんと悪事の限りをそれなりに尽くしてきたつもりだが、天国は未だ影すら見えてこない。  もしかして、そもそも私が行っている悪事が微々たるものであるが故なのではないだろうかと天啓を得た。それならばもっと大胆に天国直通道路の工事を普請するためには、この世界で最も重い罪を犯せばいいはずだ。 「ミーファ、といったか」  私の名前を重苦しい溜息と共に吐くのは、プレリュード王国9代目国王、レヴィリ=ノーツ=プレリュードその人である。かつて起きた世界大戦では、王でありながら最前線で数多の首級を上げ、武人として最も多くの功績を残したことから、恨みつらみを以て諸外国では『無双王』という名で親しまれている。  その天才的な能力は戦場だけに留まらず、政務でも遺憾なく発揮されていた。レヴィリ陛下の治世により国は10倍ほど豊かになったと学者の間では誉め称されている。ただの平民である私にはよく分からないが、食料自給率だとか孤児の数だとか、市場で動く貨幣の重さだとかから計算される何とかかんとかの値によると、本当に誇張なく10倍以上は豊かになっているらしい。  鷹をも射殺す眼光。立派に蓄えられた白髭。大龍の骨と鱗で作製された王冠にマント。その正体を知らぬ者が見ても只物ではないと理解できる風格や貫禄は、確かに王に相応しい威厳を醸し出している。  レヴィリ陛下の左側には鎧に身を包んだ巨漢が、右側には学者帽を被った神経質そうな痩男が佇んでいる。巨漢の方は今にも怒りに身を任せて私に襲い掛かろうと興奮した様子で息を荒げており、痩男の方は巨漢を宥めながらも、手に取った書物を信じられないといった目で呆然と見つめている。  彼らは恐らく武官と文官の代表、といったところだろうか。周囲を見渡すが、この部屋には私を含めても4人しかいない。玉座の間であるならばもっと大勢の兵士や官僚がいそうなものだが、何故か出払っているみたいだ。 「はい陛下。私がミーファです」 「……我が息子にして、魔王を倒す最後の希望である3人目の勇者。ラフディ=ノーツ=プレリュードを弑逆した、此度の下手人が貴様であるのは真実か」 「はい。真実です」  それは間違いない。だってちゃんと確認したし。本人に聞いたら『あぁ、いかにも俺がラフディだ。何だ嬢ちゃん、俺のファンか? よしよし、サインしてやろう!』とサインまで貰ったのだから流石に合っているだろう。 「きっ、貴様がッ! 貴様がラフディ殿下を殺したんだなッ! 殺してやるッ! よくもラフディ殿下をッ!」 「控えなさいフーガ、陛下の御前ですよ。私とて、ラフディ殿下を殺したコイツを同じ目に合わせてやりたいという気持ちは貴方と同じです。しかし、その気持ちは実父であられる陛下の方が強いでしょうし、裁く権利をお持ちなのは陛下のみです」  ラフディ殿下は王太子であることを抜きにしてもかなり慕われていた。智勇兼備の英雄、無双王が父ともなれば、ふつうは傲慢になるか卑屈になるかと思われるが、威厳たっぷりな父親とは対照的に明朗快活な御人で、それでいて血の繋がりを思わせるカリスマも備えているともなれば、慕われるのは当然といっていいだろう。  先のスタンピードでの活躍はラフディ殿下の存在を世界に知らしめる出来事になった。魔王復活の影響か、4年前に起きたスタンピードに比べて魔物の数は16倍にもなっていた。数が2倍になれば被害は2倍ではなく4倍になるという。それならば数が16倍ともなれば……?   だが結果は、多少の負傷者は出たものの死者はゼロ。これはラフディ殿下の武力と戦略眼による賜物だとされる。早馬で2日はかかる遠征先にいたレヴィリ陛下が猛ダッシュして半日で帰還した頃にはスタンピードを征した宴が開催されていたとか。因みにこのことから『馬より早きは噂とレヴィリ』なんて諺が生まれた。  それでいてラフディ殿下の魔法属性適正は火・水・風・光の4種類。通常、魔法属性適正は5属性の中から1種類あるのが普通で、2種類に適性がある者は100年に1度現れるかどうか、といったところ。  その中でも光属性と闇属性は特殊で、血筋や遺伝にも左右されず、半ば突然変異のような形で適性をもつ者が極稀に生まれるらしい。  御伽噺によれば魔王を倒すには光属性の魔法属性適正を持つ者でなければならないとされており、予言者ベルスーズによれば、この時代には3人の光属性をもつ勇者が現れると予言されていた。そして既に2人の勇者は存在が確認されていたため、ラフディ殿下で3人の勇者が揃ったということになる。  まぁ、もう揃ってないんだけど。いざ魔王討伐の旅に出発せん、と旅立ちを前日に控えたラフディ殿下が城内で旅支度の準備をしていたところを、私が殺しちゃったから。
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