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第1章
大塚先輩が転校することになった。
先輩は男子ソフトボール部のキャプテンだった。
ポジションはショートで打順は3番。
そんなに背も高くなくて筋骨隆々としたタイプでもないんだけど、とっても上手だった。
普通の人だったら取られないような二遊間のゴロもあっさり取るし、かと思ったらすぐファーストに転送して全部アウトにしてしまう。
とにかく格好いいの代名詞と言った感じだ。
しかもとっても面白かった。常にみんなの輪の中にいておとなしい人でも笑わせてしまう。そんな人だった。多分学校で人気投票するとベスト10の中には絶対入ると思う。
そんな大塚先輩が5月に入るなりすぐに転校するんだからみんな元気がなくなってしまった。私も例外ではなかった。
私の名前は朝田 香衣(かえ)。藤蔭高校の2年生だ。男子ソフトボール部のマネージャーをしている。
進学校として知られる藤蔭高校だが、ソフトボール部は全国大会常連ということでもっと有名だ。
私は野球好きのお父さんにスコアブックの書き方を教えてもらって小学校の頃からおじさん世代の草野球の試合のスコアをよくつけていた。
中学生になって女子ソフトボール部のマネージャーになり、本格的にソフトボールのスコアリングを学び始めた。
高校でも女子ソフトボールのマネージャーになりたかったんだけど、入った学校では残念ながら男子ソフトボール部しかなかったからそっちのマネージャーになった。
選手は 15人。マネージャーは2人。もう一人は3年の武田 まりな先輩である。ちょっと冷たくて怖い先輩。四六時中そんな感じじゃないんだけどね。
男子ソフトボールは大味で女子ソフトのようなセーフティバント、スラップ、バスターみたいな小技はちょっと少ないのが嫌なんだけど、スピード感が半端ないところが魅力かな。野球に比べてかなり塁間が狭いからもたもたしていると全てセーフになってしまう。ピッチャーは下から投げるからとなめてかかる人も多いんだけどウインドミルなら手を一回転させて投げるんだから野球より遠心力がかかったボールが14.02mの短距離で飛んでくる。ノーコンでスピード狂のピッチャー相手なら命の危険も感じながらバッターボックスに立たなければいけない。見ているこっちが結構ハラハラするかな。
「メッセージ書いて。」
低い声にハッとして頭を上げると武田先輩がいた。なんのことだろう?
「明々後日は大塚の最終試合の日だから明日までに書いて。」
そういいつつ武田先輩は小さなカードを渡してきた。
――あれ?色紙に直接書かないんだ。昨日依頼されて買ってきたのにな。
「いちいち色紙を回していたら時間がないでしょう。」
私の頭の中を読んでいるかのように先輩が言った。
「分かりました。2年生の分全部取りまとめましょうか?」
「いい。こっちでやる。」
いくらでも手伝うのにな。でも、なんだか深入りしちゃいけないような気もした。
明後日は憲法記念日。おなじみの芝上高校、北里高校と練習試合の予定だ。それが終わると大塚先輩は転校してしまう。
「次行く高校、ソフトボール部無いんだな。明後日が事実上の引退試合なんだよな。」
相変わらず仲間の輪の中でカラッと笑いながら先輩は話していた。先輩は本当にソフトボールが好きみたいだ。
「朝田さん、お疲れ!!」
ぼーっとしているとすれ違いざまに大塚先輩話しかけてくれた。
「あ、お疲れ様です!!」
先に気づくべきだったのに。と、若干焦ったが、次にすれ違った武田先輩にはちゃんとこっちから
「お疲れ様です!」
と挨拶できた。でも、見事に無視されてしまった。
武田先輩はきれいな人だ。どっちかといえばカッコイイ系の美人だ。前髪も全て後ろにひっつめてサラッとポニーテールにしている。私なんてどれだけひっぱって後ろでまとめてもクシャクシャになるし、めんどうくさいからってバッサリ切ってしまうと予想以上にハネて大反省。毎年その繰り返しだ。
武田先輩は男女構わず友達も多そうだし、ちょっと男勝りな言葉使い、立ち振舞いも私にとっては憧れだった。
でもどうやら嫌われてしまったみたい。ここ数ヶ月はスコアブックも「私がつけるから」と言われてしまい、つけさせて貰えない。
最初は悲しくて仕方がなかった。私のどこが悪かったんだろうと思うと自分が駄目な人間って思えて仕方がなく、部活が終わったあとはもちろん、授業と授業の間でもそのことで頭が一杯でいつも泣くのを堪えていた。退部しようと何回かは思ったかな?
でもあまり深刻な顔じゃないのか、誰もそれには気づいていなかったみたい。
でもある日廊下で大塚先輩とばったりあったときに
「最近元気がないけど大丈夫?」
と言って貰えたんだ。もちろん
「大丈夫です!」
って答えた。強がったように聞こえるけど、大塚先輩にそう言われると誰でも元気になっちゃうだろうから、きっとほんとのこと言ったんだと思っている。
あー自分のことちゃんと見てくれている人もいるんだって分かったから、その日から辛いことはさておいてうれしいこと、恵まれていることに目を向けるようにした。
私は男の子と話すのはあまり得意じゃないんだけど、ソフトボール部の2年生のメンバーは同じ選手仲間のように接してくれるし、することが多かったら手伝ってもくれる。
公式試合ではマネージャーは一人しかベンチに入れないから私はいつも保護者の人たちに混ざって応援したりお手伝いしたりするけれども結構皆から可愛がってもらっている。
私の応援するときの声は人一番大きくて目立つのが少し嫌なんだけど、そのせいでいつも練習試合をするチームの監督さんからも「おう、今日も頑張っているじゃないか。」って声をかけてもらってもらうことだってある。武田先輩だって忙しい時はスコアカードの選手名の記載くらいは任せてくれる。
うれしいことを数えだしたら、なんだ、悪いことばっかりじゃなかったんだって分かって、自信も出てきて、また部活が楽しいと思えるようになってきた。
そんな経験を経て今の自分がいる。
そう振り返ると大塚先輩の存在は大きかったんだな。
そんな先輩が明後日から急にいなくなるなんて全く実感がわかない。明後日からの記憶から急に姿を消すのだ。だったら死んでしまうのと変わらない。
そう思えば無性に悲しくなった。
ずっと皆と笑ってソフトボールしてほしかったな。
こんな気持ち、ストレートに大塚先輩に言えるはずがない。
私は勉強机と向かい合って武田先輩からもらったカードとにらめっこした。
「ありきたりのメッセージしか書いちゃいけないよ。」
そう自分に言い聞かせた。だって武田先輩きっとチェックするから。
前々から大塚先輩と私が話していると武田先輩の鋭い視線を感じていた。スコアブック書かせてもらえなくなったのも私がスコアを集計している後ろから大塚先輩が覗き込んできて一言二言話した後からだった。あの時も武田先輩はこっちを見ていた。
でも、武田先輩の気持ちもわからないことはない。先輩は完璧なマネージャーだ。みんなのために沢山のことをこなしている。大塚先輩のためには特に色々先回りをして何かしてあげているような気もする。 でも大塚先輩はちょっと武田先輩にそっけない態度をとるんだ。
素直にありがとうと言って仲良くなれば、お似合いなのにな。
逆に私はどんくさくて抜けることが多い。一つのことに集中してしまうとすぐに周りが見えなくなってしまう。そんな私が親切にしてもらっているなんておこがましい話だ。
――とにかく当たり障りなく書くしかないんだ。
私は夜遅くまでパソコンで送別のメッセージを検索していろいろ組み合わせてみた。ちなみに私はスマートフォンを持っていない。大学行くまで持っちゃいけない。それが家の方針なんだ。
なんだか「会社で全然話したことのない上司への送別メッセージ」というくらい他人行儀の文章が出来上がってしまった。これもまずい。
そうこうしているうちにある妙案にたどり着いた。
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