世界で一番可愛い

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世界で一番可愛い

「あ、もう四時だ。夕飯の支度しなきゃ。そろそろ帰るワ。かもめプロジェクトの件、あとで連絡する。あ、原稿も」  と立ち上がった。 「なんですか、かもめプロジェクトって……! ちょっと、鷹城さーん!」  あわあわする白川を残し、鷹城はご機嫌でカフェを出た。  空は綺麗な茜色に染まっている。  悪い遊びもしたとはいえ、白川は大切な友人だ。いい相手を見つけて幸せになって欲しい。 (キューピッドまでしてやるなんて、俺って結構お節介だったんだな)  と歩きながら思った。  くすぐったい気分だが、なかなか悪くない。  以前は誰かの幸福を祈るようなことはなかった。だが真琴と出会ってから、冷たいと思っていた自分の中にもちゃんと優しさがあることを知った。 (あいつが俺を変えてくれた)  自分勝手だった鷹城に、人情の暖かさを教えてくれた。感謝してもしきれない。 (あいつは自分のことを大したことない、って言うけどな。俺にとっちゃ恩人だよ)  真琴は自己評価が低い。最近は良くなってきたが、鷹城と出会ってすぐの頃はネガティブで、卑屈なところもあった。  しかし鷹城にはそれすら魅力に思える。今まで自信満々な男女とばかり関係していたせいで、かえって真琴の性格は奥ゆかしく健気に思えた。 (だから俺的には、いつまでもそのままのアイツでいて欲しいんだけど……)  どうやら真琴はそう思っていないらしい。  理子に釣り合っていないと言われたことを気にし、鷹城に追いつこうと頑張っているのだ。  今まで真琴は人見知りもあり、大学で新しい友達を作ろうと思わなかったそうだ。しかしそれを克服しようと努力している。  自分から挨拶をしたり、誘われた飲み会に出ている。さらに、四月になったら推理小説サークルに入って、積極的に活動したい、という。   親しい友人が出来た、と嬉しそうに報告する真琴を見る度、鷹城の胸はもやもやする。 (ああ、複雑だ……)  真琴のせまい人間関係が広がるのは素晴らしいことである。なのに、嫌だ、止めてくれ、と大声で叫びたい自分がいる。  本当は、鷹城と限られた友人しかいない、世間知らずの可愛い真琴でいて欲しい。自分の腕に閉じ込めて、鷹城のことだけ見詰めて欲しい。 (背伸びなんてしなくていいのに。俺がずっと守ってやるのに)  独占欲もここまできたら気味が悪い。かごの鳥のように真琴を愛していけたらいい、とまで考えるのだ。  実際に大学生の真琴と三十代の鷹城の間にはまだまだ距離がある。人間としても、推理作家としてもだ。  とはいえ、若さはあなどれない。  やる気と可能性に溢れ、努力家の真琴は、すぐに自分を追い越して行くだろう。それは十年後だろうか、五年後だろうか、それとも一年後だろうか……。  成長した真琴の隣に、自分の居場所はあるのだろうか?   そう考え出すと、時々眠れないほどの焦りに襲われる。 (ぼんやりしてる暇ねえぞ。俺も必死で頑張んなきゃな)  なにも年の差を気にしているのは、若い方だけではない。年上だって、いっぱい悩みながらあがいている。  でも見栄を張って平気なふりをしているだけなのだ。  そんなことを考えながら、鷹城はバス停に並んだ。待っている間、スマホを尻ポケットから取り出し、〈今から帰る〉と真琴にラインをする。  待ち受け画面は真琴の寝顔画像だ。もちろん隠し撮りである。素直にお願いしても、あの恥ずかしがり屋が撮らせてくれるわけがない。  縁側でひなたぼっこしている猫のような幸せそうな表情で、見る度に心が和む。お気に入りの一枚だ。 (俺の真琴は世界で一番かわいい)  と鷹城はひっそりと微笑んだ。 ◇◇◇
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