鷹城のスランプ

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鷹城のスランプ

「鷹城さん……」 「マコ、愛してるよ。全てにおいてパーフェクトで、完成された俺の聖母マリア……。きみの国宝級にかわいい究極の顔面を、ドルオタの俺だけに、独り占めさせて…」  にやりと鷹城が笑った。闇色の瞳がスゥッと細くなる。その表情に真琴はついときめいてしまう。 (仕方ない……。これも全部、鷹城先生のため)  ――ここまで来たら、やるしかない。  意を決して、真琴は息を吸った。 ☆~☆~☆~☆~☆    ことの始まりは三日前。鷹城がスランプになったことだった。 「うーん、うーん……。どうしよう。まったく浮かばない。文章が湧いてこない。キャラクターがしゃべってくれない」  めずらしく、鷹城がうなっている。  付き合って五ヶ月目の、とある初夏の日だった。彼が執筆に行き詰まっている姿は初めて見る。 (鷹城先生、大変そうだな……)  真琴はダイニングテーブルで、頭を抱えている恋人を対面キッチンから見ていた。そんな苦悩する彼の向かいには、友人であるミヤビ・ロバーツが座っている。 「あらん。どうしたの、めずらしいわね。せっかくアタシがはるばる訪ねてきてあげたのに、辛気くさいわあ!」  ピンと小指を立てて紅茶を飲むミヤビが言った。  スキンヘッドに眼鏡をかけ、緑の眼をしたハーフの男性である。職業はトータルプロデュース。メイクやファッションや髪型など、なんでも思うとおりにしてくれるという、最強スキルの持ち主である。  ミヤビは旅行も兼ねて、ここ東北S台市にある鷹城のマンションに遊びに来ていた。 「悪いな、相手してやれないくて……。でも官能小説の方の締め切りが明後日なんだよ。だけど全っ然ストーリーが浮かばなくて……。マズイ。ものすごくマズイ」  鷹城は頭を抱えた。 「えーっ。つまんないわァ。なによ、一丁前にスランプってやつ?」 「まあな。編集からのお題が難しくて、進まないんだよ」 「あらん! ゴローくらい売れっ子になっても、編集からアレコレ言われるわけ?」 「あー……っと、そうだなあ。じゃあ最初から話すとするか。きっけは俺が世話になっている〈熟女ブックス〉って編集部が、スマホ世代向けの〈美少女ブックス・デジタル〉っていう電子書籍レーベルを立ち上げたことなんだ」  と恋人は話し出した。  鷹城は二足のわらじ作家だ。〈すずき鷹夫〉というペンネームで官能小説を、本名でミステリー小説を執筆している。スランプに陥っているのは前者だ。 「へえぇ~っ、若者向けのレーベルを」 「そう。だけど〈美少女ブックス・デジタル〉をリリースして半年経っても、なかなか売上が伸びないらしいんだ。書き手もラノベからスカウトして来た人ばかりで、こう……官能小説のツボがよく分かってないらしくてな。それで俺みたいな中堅どころに執筆依頼が来たんだよ」
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