鷹城の過去

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鷹城の過去

 しかし、長男で家族思いの鷹城は、それでも両親を嫌いになれないでいた。  だが、最も辛い時に自分の味方をしてもらえなかったことで、深く傷ついた。発達途中の純粋な心は、恋人に蔑(さげす)まれて失恋し、父と母に見放されたことで、歪み、卑屈になったのである。  そんなどん底の日々を救ってくれたのが、編集者をしている叔父である。叔父は小さい頃から鷹城を可愛がってくれた。  鷹城の悲惨な状況を聞き、叔父は言った。 ――創作では何をしてもいいんだよ、ゴロー。その女、犯せ。もちろん紙の上でな。    それが官能小説を書くきっかけだった。以来鷹城はまるでシェルターに逃げ込むかのように、官能小説にのめりこんだ。          そして大学生の時に官能小説家〈すずき鷹夫〉としてデビューしたのである。後に推理作家としても活躍し初め、現在の二足のわらじ状態となる。  職業作家になったことで忙しくなったけれど、心の傷はなかなか癒えなかった。もう恋愛は嫌だ、と鷹城は思った。好いた相手に嫌われ、深手を負うのが怖かったのである。  それ以来、鷹城は本気の恋をしたことがない。  自分の容姿や金に惹かれ、寄ってくる奴らは後を絶たなかったから、性処理の相手には困らなかった。鷹城にとってセックスはスポーツと同じだったのである。だから誰と寝てもそれなりに楽しく汗を流した。  けれど心底満足し、幸福に包まれたことはなかった。逆に、抱き足りない、もっと繋がっていたい、こいつをめちゃくちゃにしたい、と渇望(かつぼう)したこともない。  体だけではなく心もそうだった。  誰かに恋い焦がれることもなかったし、嫉妬したこともないし、守りたいと思ったこともなかった。  つまり、つまらなかったのである。  そんな精神的不感症の鷹城を変えたのが、家政夫として派遣された影内真琴だった。  初め、鷹城は真琴のことを普通の大学生だと思っていた。男女問わず様々な相手と寝た経験のある鷹城は、ぱっと見て、真琴の素材の良さに気がついた。  ちんまりした背丈に、白い肌と、桜色の唇。そして自分のファンだと言って、熱っぽく見上げる黒い澄んだ瞳。 (今思えば、俺はあの一途な姿に惹かれたのかもしれない……)  というか、「貴方の小説が大好きです」と面と向かって言われて、心が動かない作家がいたらお目にかかりたい。誰だって、心血注いで書いたものを手放しで褒められれば、天にも昇るような心地になるものだ。  かといって、じゃあファンに手を出すかといったら、それはまた別の問題である。鷹城だって同じで、トラブル回避のため、普段はファンと深い交流を持つことはしない。  けれど真琴は違った。最初から興味を持ち、不思議ともっと彼のことが知りたいと思ったのである。  それで色々と探ってみると、真琴は童貞のように見えて、セフレにも寛大だし、百人と性経験があるという。後者後で嘘だと分かったのだけれど、当時の鷹城はこう思った。  なら、俺と一発ヤっても構わないな、と。  今では最低だと思っている。いや最低を通り越して、下劣で、不誠実だった。  それで適当に真琴を言いくるめて、抱いた。しかもかなり強引に。  そのことについては激しく後悔している。あの時の自分を絞め殺したいくらいだ。  けれど、同時に鷹城はこうも思っていた。 (泣きながら感じているのが、すっげえ可愛いかったんだよな……)
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