恋に落ちた

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恋に落ちた

 目を真っ赤にして、大粒の涙を流しながら鷹城にしがみつき、「先生、せんせい」と泣いてよがる真琴は、今まで抱いた誰よりも色っぽかった。すさまじく蠱惑的で、みだらで、綺麗だった。  その魅力に、自分でも気づかないうちにはまっていたのだろう。  その後、バスで吐いた真琴を背負って帰る途中、あれが初体験だと知り、毎夜のセックスの刺激が強くて眠れないのだ、と打ち明けられた。  瞬間自分の中で何かがスコンと落ちたのである。 (あの時はっきり分かった。ああ、今恋に落ちたんだって……)  自覚したら、背中の真琴がものすごく可愛く思えて、心が浮き立って、血がたぎった。恋というものがこんなに興奮を連れてくるのだとは思わなかった。  以来、真琴への恋心は日に日に大きくなっていったのである。  真琴が元気がなければ喜ぶ顔が見たくて動物園に連れて行ったり、体調が悪いと分かっていて雪の中迎えに行ったりした。そこで彼の友人と鉢合わせて激しく嫉妬したこともあった。  鷹城は、嫉妬というものがあれほどコントロールが効かないとは知らなかった。まるで檻から放たれた獣(けもの)である。  その獣を制御することが出来ず、鷹城は真琴を傷つけるような言葉をたくさんぶつけてしまった。  しかし、真琴は鷹城のマンションに戻ってきた。過労と、寝不足と、風邪で倒れた自分を介抱してくれたのである。  鷹城の側に来て、話をし、側にいてくれた。あの時、どれほど嬉しかったか、真琴はきっと気づいていないだろう。  小さい頃から両親に放置同然にされてきた鷹城にとって、具合の悪いときに誰かが看病してくれるのは初めてだった。  実際に真琴が『遺跡発掘』の原稿を取りに寝室を離れた間、嫌な夢を見ていた。少年の自分が独りぼっちで泣いている、という内容である。  しかし真琴は鷹城を悪夢から目覚めさせてくれた。  真琴は原稿を持って寝室に戻り、鷹城の手を握って仲直りをしようと言ってくれたのだ。  その言葉を聞いて、あまりの嬉しさに胸が震えた。鷹城を許そうとする彼の度量の広さに、また心細い時に側にいてくれる優しさに、もう真琴なしじゃいられないと思ったのである。  クリスマスにミヤビと引き合わせたのはそのお礼も兼ねていた。何かしてあげたい、真琴の笑顔が見たいと思ってしたことだった。  鷹城が初め予想していた通り、変身した真琴はとても綺麗だった。  しかし、上手くことが運んだのはそこまでである。パーティー会場で、理子と二人きりで話した後、真琴の様子がおかしくなったのだ。  鷹城はすぐに真琴の変化に気がついたのだが、しかし話しかけてくる人々が多すぎて、フォローに回る暇がない。鷹城は、普段こういうパーティーを面倒くさがってサボっていた自分を呪った。  そしてとうとう、真琴は暗い表情のまま、何も言わずにフッと会場からいなくなってしまったのだ。  すぐに後を追いたかったが、結局パーティーがお開きになるまでそれは叶わなかったのだ。  真琴の姿が見えないことに胸をざわつかせながら、付き合いもあり、鷹城は白川と理子と三人でホテルのバーに向かった。  そこであごヒゲの男と談笑する真琴を見つけたのである。瞬間鷹城は腸が煮えくりかえるかと思った。  自分の目の届かない場所で知らない男と楽しくお喋りをしている。その事実は鷹城の嫉妬の炎を呼び覚ました。  しかし、鷹城とて馬鹿ではない。前回ヤキモチが原因でケンカをした日から、ある誓いを立てていたのである。
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