少年と猫

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日が沈む時間に「いかん、見回りの時間じゃ」と徐ろに銀が騒ぎ始めて、やっと開放された。 一緒にいた時間の半分以上は猫と少年のやり取りを見ているだけだったが、なるほど彼らも苦労しているらしいことだけは分かったし、途中店に普通の女性が入ってきたのにも驚いた。 癖毛の店員に元気に話しかけながら、自然な仕草で彼の髪に触れた様子が印象深い。 手に持った雑誌が昨日販売されたばかりの人気ブランドの付録つきだったことも、彼女がニンゲンであることを示していた。 多分あれこそ「縁」なのだ。 ニンゲンが妖の世界にいるには、そして妖もニンゲンの世界にいるには、「縁」が必要だという。 例外はあるらしいが、どちらにせよ別世界で生きるにはお互い容易ではないのだろう。 (あの二人の縁は……きっと……) 二人の穏やかな表情を思い出す。 妖だろうがなんだろうがお互いがお互いを必要としている関係は眩しい。 無能で無価値で無意味な人間。 そんな自分に価値を与えてくれるなら。 すぐに吹っ切るように頭を振った。 だってそれは、ただの妄想にすぎないのだから。 アパートの前を通り過ぎようとしたとき、畑が目に入った。 小さな赤い実が、青く茂る葉の向こうから鈴生りに生えている。プチトマトだろうか。 それを大家が背中を丸めて収穫をしていた。 小さめのプラスチックのザルにシワシワの手が何度も行き来した。 その様子を少女がぼんやりと眺めている。 悪くなって捨てられたトマトを拾っては口に運んでいるようだ。 その様子だけであれば祖母と孫の穏やかな風景なのだろうが、大家に彼女は見えていない。 無心でトマトを千切っている。その背中は以前思った通り寂しそうに思えた。 畑が荒らされたのは前回が初めてでは無いと聞いた。 ここ1ヶ月で3回目。始めは野菜が数個道に捨てられていたくらいだが、どんどんエスカレートしていると大家が近所のおばさんと話していた。 あの胡瓜の時には苗ごと引っこ抜かれていたようだ。 あんなに甲斐甲斐しく育てた物を荒らされるなんて、確かに大家が怒るのも分かる。 慶太が見ていることに気づいたように少女が近寄って来た。 ペタリと足に纏わりつく。 途端に重みが増した。 やはりこちらを見上げるその姿は不気味としか言いようがない。 光を返さない瞳は、慶太を映しているのだろうか。 「なにしてんだい。……ほんっとうに毎日毎日部屋に閉じ籠もって」 棘のある物言いに顔を上げれば大家が皺を深く寄せていた。 「もっとちゃんと仕事を探しな。でなきゃ地元に帰るんだね」 思わず口籠る。 この口撃はメンタルに響いた。頭を掠めるのはあの上司の姿だ。 いつも「無能だ」と慶太を罵った。 慶太の価値を全否定する言葉達が蘇る。 「……分かってますよ」 苛立ちが込み上げた。 殴り飛ばしたい感情が湧き上がる。
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