濁流

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濁流

怒りも悲しみも、他人やあの不気味な妖を可哀想だと思う心も、グチャグチャな割に自身が未だに正気を保っていられるのが不思議だった。 「まあ、貯金あるし」 ブラック企業だったせいで、大して多くも無かったはずの給料でも使う暇が無かった。 口座にはまだ少し暮らせるだけの額がある。 加えてぬったりと纏わりつく少女の粘液のせいでいつも足が重たい。思い通りに就職活動もできていなかった。 しかし多分焦った所で先日の様に上手くいくとは思えない。相変わらずいつも表情は暗いままだ。 ただ睡眠時間だけは増えたので常にあった目の下の隈は大分薄くなっていた。 「あ……」 ふとスクロールしたスマホの画面のニュースが目についた。 先日面接した会社が倒産したという内容だ。 不穏だ。 タイミングが絶妙すぎる。 窓の外にひたりとつけられた白い手をみると、背筋がヒヤッとした。 考えない、考えない。 たまたまかもしれない。それにあの制服の男の子が「害はない」と言っていた。 でも。 思わず立ち上がり、彼女のいない方の窓に立つ。外を見ればアパートと畑の間の草むらにネロネロとした虹色があちこちベッタリとついていた。 (気持ち悪い) 野良猫が道路から飛び込もうとして、すぐに足を止めた。粘液が前足についてしまって、嫌そうに足を振る。 「流石猫だな」 この粘液が見てるのか。 ふと少女が道路の方へ向かっていくのが見えた。窓にはペタリと手の跡がついている。 (あれ?) ベタベタとついた手の跡、一番新しいものは他に比べて一回り小さいようだ。 (そう言えば、あの子も小さくなった気がする) 足に纏わりつくとき、以前より軽くなった。 (だんだん小さくなっていなくなるのかな) どこか安堵する自分、そしてもう一つ不思議な感情が心の片隅にくるりと渦を巻いた。 途端に気持ち悪くなって頭を振る。 ザワザワとした湧き上がるような不安だ。意味が分からない。 「……寝よ」 カーテンを閉めようと手をかけると、少女は道路の向こうを見つめていた。 暗闇の向こうからパーカーの男がビニール袋を片手に現れ、彼女の前を通り過ぎる。 彼女はじっとその背中を目で追っているようだった。 (……また誰かに取り憑くのか) 消えてしまうのか、誰かに取り憑くのか。急にどうでも良くなってしまう。 (………俺は) 慶太はそっと溜息をついた。
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