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朝目がさめる。
ゴミ捨て場に出ると、大家が忌々しそうな顔をした。
「おはようございます」「……今日は仕事見つけてくるんだろうね」「はあ」「あんたのその陰気な顔なんとかならないのかい。若いんだからもう少し……」
言葉は濁った流れだ。
留まることなくすり抜ける。
アパートと畑の空き地にはいつも「彼女」がいた。
「サイキンアツクナッテキタワ」「アノコチッチャクナッタネ」「アメガフラナイカラカナ」「バカネェ、アノコハソウイウンジャナイデショ」「ソウヨ、アノコハマイゴ。カリヤドサマガイケナイノ」
姿は見えないのに話し声が聞こえる。
でも不鮮明だ。
いや、不鮮明でなくとも理解は出来ない。ただ流れるだけ。
部屋に戻っても何もない。
就職活動はインターネットで求人を眺める程度だ。
昼に少し遠くのスーパーに行く。
ついてきていた小さな彼女はいつも通り途中離脱する。
帰っていく小さな背中をながめた。
彼女は時々辺りを見渡しながら歩いていく。
隣を通り過ぎた青年に少し怯えたように距離を置いた。
そしてトロトロと着物を引きずってアパートへ向かっていく。
虹色の道だけが残った。
途中まで見送ったあと、駅前のスーパーへ行く。
いつも通りの買い物だ。
途中以前働いていた同僚に会う。
「元気?大変だったね。大塚さんさ……」「昔はあそこまでじゃなかったんだよ」「井川が言ってた取引先の滝田さん、この間まで長期出張で」「なんか無くしたものがあるみたいでさ、会社にお前宛に電話来たんだ。知らないよなあ?」「事務の結月ちゃんも辞めちゃってさ、すげぇ大変」「俺はもう少し会社に残るかな」「うわ、酒じゃん。飲み過ぎんなよ」
濁流は全部聞き流した。
曖昧な笑顔で頷いていただけなのに、同僚は満足したようで「じゃあな」と別れた。
ろくでもない職場の同僚だったはずなのに、なんだか生き生きとして見えて、少し悲しくなる。
今更ながら辞めたことが正解だったのか、分からなくなっていた。
アパートへの帰り、既に乾いてテカテカと光る虹色の道をたどった。
「ブッソウジャ、ブッソウジャ」「ニンゲンハアナオソロシ」「ノロイカモシレヌゾ」「バケネコドモガギンロウヒメにアイニイッタラシイカラノウ」「ノロイジャノロイジャ、ギンロウノノロイジャ」
知らない知らない、聞こえない。
掲示板の「不審者注意」のポスターが剥がれかかっている。
帽子を被った太った男がボンヤリとそれを眺めていた。
彼こそ不審者っぽくて、なんだか目をそらしてしまう。
でっぷりと太った腹に何を詰め込んでいるかなんて誰も分かりはしない。
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