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真夜中
バン
バン
バン
誰かが騒いでいる。
慶太は眉を潜めて寝返りをうった。
最近蒸し暑い日が続いていた。1階なので窓は締め切っている。ただエアコンの温度は少し高めに設定しているので深く眠れないことも多かった。
バン
バン
バン
そっと布団から手を伸ばしスマホの電源を入れる。まだ深夜の2時だ。
騒ぐなら朝にして欲しい。
そう、目を擦りながら再び寝返りをうつ。
バン
バン
・
・
・
ガンッッ
割れんばかりの一際大きい音に、慶太も飛び起きた。
ただ事ではない。
電気をつけようと起き上がったその目に窓が映る。
バン
バン
バン
窓を両手で叩くものがあった。
小さな小さな人影だ。
途端に足が竦む。
「あの子は悪いものじゃない」
そう聞いた。悪いものじゃないはずだ。
しかし今窓を割らんばかりに叩く影は彼女だ。
慶太の頭の中に「ポルターガイスト」やら「霊障」やらここ数日調べては閉じた画面が浮かび上がる。
今まで大人しかった。不気味なだけ。足が重たいだけ。少し付き纏われるだけ。それだけだったはずだ。
恐る恐るカーテンを少し開けて覗き込むと、小さな掌が窓を思い切り叩く瞬間だった。
乱れた黒髪、わずかに開けた口から溢れる歯がみっしりと並ぶ舌、ずり落ちそうな打ち掛け。
ビリビリと震える窓の向こう側、気が狂った様に窓を叩いて、そして初めてこちらを見た。
何も光を返さないただただ黒いだけの丸。きょろりと動いて慶太を確かに見つめ、切込みの様な口を開いた。
「うわぁぁぁああっ!!」
恐ろしさのあまり飛び退き、そして躓く。白い袋が手に当たった。
塩だ。
「塩は良くない」
少年はそう言ったが知ったことか。
多少でも効果があれば良い。身を守る術はもうこれしかないのだ。
勢い良く袋を破ると慶太は隣の窓を開け放つ。
そして少女を睨みつけた。
少女はビクリと体を揺らすと慶太をそっと見上げて体の方向をズルリとズラした。
「近寄るなっっ」
塩を握って彼女に向かって放つが離れすぎて彼女に届かず落ちてしまった。
だが少女は怯えた様に身をひるませる。
「あっちへ行けよっ。どっか行けっ」
更に叫びながら無我夢中で塩を撒けば、彼女は少しずつ窓から離れていく。
「うわ」
火の粉が目の前を掠めた。
ふと気づくと青い炎が塩が落ちた付近に燃え広がっている。
彼女の粘液に塩が反応して燃えているようだ。
徐々に燃え広がり彼女を囲み始めた。少女の表情がないはずの顔が怯えで歪んだ。
オロオロとしてキュッと手を握り、そして慶太を見上げる。
「あ……」
ホロホロと彼女の打ち掛けが崩れていく。
慌てて脱ぎ捨てながら彼女は小さく蹲り、でもその小さな手が畑を指さした。
グチャグチャにトマトが潰されている。
アチコチに投げ捨てられた苗と、踏み潰された胡瓜が散らばっていた。
見上げた彼女の少し煤けた顔が悲しそうに慶太を見つめた。
声もでないくせに口がハクハクとしている。
「……え?」
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