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来客
救急車で運ばれた慶太は意識を取り戻すとすぐに警察からの事情聴取を受けた。
犯人は近所の青年だった。
受験に落ちてから精神的に病んでいた彼は部屋に閉じこもりがちだったらしい。
たまたま外を眺めたとき、畑を弄る大家と目があった。たったそれだけで、彼は貶されたと思い込んだという。
それから大家が話しているのを見た時、目があった時、ムシャクシャした時、夜中に畑を荒らすようになった。
そしてあの日遂に部屋にまで踏み込んだらしい。
「ニンゲンハ、アナオソロシ」と言っていた声を思い出して、頭を振った。
心が病めば人も妖も変わらない。
そう自分自身もだ。
少なくとも慶太自身は予備軍であったことを否めない。
青年はすっかり魂が抜けたような脱力状態で、それでも淡々と事情聴取に応じているらしい。
そっと彼の心の回復を祈るしかでき無かった。
事情聴取を終えて家に戻ると、少女はいつも通り窓の下にいた。
日陰に隠れて熟れ過ぎて落ちたトマトを頬張る彼女は慶太を見つけた瞬間駆け寄ってきた。
ぎゅうと足を抱きしめてきた時、なんとも言えない感情がこみ上げる。
思わずそのサラッとした髪を撫でると、擽ったそうに体を捩らせた。
彼女のいつもは動かないはずの表情筋がなぜか緩んで見える。
そう思い込みたかったのかもしれない。でもそれでも良かった。
そのまま手を引いて彼女を連れて家に入った。
決して自ら入ることはなかったはずなのに、招かれれば彼女はあっさりと敷居をまたぎ、部屋の隅に鎮座した。
そして投げ置かれたビジネス鞄を指差す。
「鞄に何かあるの?」
ジッパーを開けて二人揃って覗き込むと、彼女は小さな手を伸ばし底に転がる栄養ドリンクの瓶を取り出すと愛しそうに頬擦りをした。
(そう言えば……)
スマホを取り出し先日会ったばかりの同僚の番号へ掛ける。
思い当たる節とは正にこのことだ。
言葉の濁流なんて聞き流していたつもりなのに。案外きちんと聞いていたらしい自分がなんだか可笑しくなった。
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