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昼過ぎチャイムがなった。
スマホには「午後3時に行くって」っと簡素な連絡があったので、予想より早い時間に疑問符が浮かんだが、続けて鳴らされたチャイムに慌てて玄関扉を開く。
「へ?」
思っていた人物とは違う二人が頭を垂れてそこにいた。
「大家さんと……」
でっぷりとした腹を見て思わず顔が青くなる。
もう二度と会いたくなかった人物がそこにいた。
「久しぶりだな、井川。世間は本当に狭いな……」
あげた顔は口からは毒しか出ないはずの元上司だった。
「この度は母を助けて頂きありがとうございました」
狭いリビングに巨体を縮こまらせて大塚は頭を再び下げた。
隣の大家も一緒に頭を下げる。
鼻に大きなガーゼが貼られ息苦しそうではあるが、他には治療の跡もなく、見る限り元気そうでホッとする。
しかしなるほど、と思ってしまった。
口から出る罵詈雑言のバラエティの多さと言い、責めるような口振りと言い、丸まった体つきと言い、何処か二人は似ている。
しかしまさか親子とは。
「母さんは気が強くてな。嫁とも反りがあわなくて家を出たんだ。それからあまり連絡もしなかったんだが」
「……だってあの女酷いんだもの。畑は臭いって嫌がるし、ダラダラして働きもしない。結局お前だって浮気されて離婚したんじゃないか……あの女、自分の息子まで置いていくなんて……」
「母さん!」
ピシャリと大塚が言えば、老女は面白くなさそうにむぐっと黙り込んだ。
「家族がおかしくなったのを全部あたしのせいにして、帰ってきもしないで……」
掠れた責める言葉に滲み出るのは悲しみだ。
畑を弄る時に見えた小さな背中を思い出す。
ふと慶太の腕にひんやりとした手が添えられた。
頭の中に再生される記憶、それは深く帽子を被った男の背中だった。
あの背中も今思えばとても寂しそうだった。
「大家さん、そんなこと言っちゃだめです。大塚さん、あなたのことちゃんと気にかけていらっしゃいましたよ」
「なっ!」
「先日もここの近くに来てたの、俺見かけたんです」
不審者のポスターを直していたあの太い指、気付かないふりをしたがあれは大塚の背中だった。
「あと大塚さん。お子さんもいらっしゃるようですし、お母さんとご一緒に暮らされた方が良いかもかもしれません」
「え?」
「お母さんお元気そうに見えますが……お部屋大分物が散らかってます。だから、犯人が入ったのに気づけたんですけど」
瞼の裏側には昨日見た映像が流れた。
あちらこちらに物が溢れていた。
そして寝室の奥にあった薄い布団と、小さな背中がチラつく。
1階なのに窓は開いていた。玄関の鍵も掛けていなかった。
暑い日なのにエアコンではなく扇風機を回していた。
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