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たまたま事件が起きたのが昨日だっただけだ。
たまたま老女は怪我で済んだだけだ。
次はどうなるか、それはきっと今までよりも凄惨で悲しいことかもしれない。
大塚と大家が気まずそうに視線を合わせたのを見て、慶太は視線を落としたままきゅっと手を握りしめた。
「出過ぎたことを言いました。すみません」
そう締めると、深々と頭を下げる。
こんな風に他人に立ち入る行為は今までしたことは無かった。
不必要な無価値の人間の言葉など誰が聞いてくれるだろう。それぞれの事情であれば見守った方が良い。寧ろ見ないふりをした方が良い。ずっとそう言い聞かせてきた。
しかし何故だろう、そっと触れただけの小さな掌が慶太の背中を押した。
後悔は無かった。言わなかったら、それこそ後悔していただろう。
今は胸がスッキリとしている。
「……本当に生意気なことを」
向かい側からいつもの毒が籠もった言葉が立ち上がる。だけど、そこにジワリと掠れが混じった。
「……わかっとるわ。馬鹿野郎」
グスグスと鼻をすする音が何もない部屋に響く。ボタボタと落ちる雫は雨粒ではない。
しかし小さなテーブルを濡らさんばかりにザアザアと降り注いだ。
15時すぎに再びチャイムがなった。
今度こそは待っていた人だと慶太は慌てて玄関にでる。
ドアスコープを覗くと待人の他にもう一人いた。ただどうにも結びつかない組み合わせに頭を傾げる。
またひたりと小さな手が慶太の背中に触れた。
「なるほど……君か」
ゆっくりと鍵を開き、扉を開ける。
二人だと思ったが、足元に白い毛玉が座って見上げていた。
「いらっしゃい、滝田さん。と、鈴音君に銀……だっけ?」
フワフワと少し長めの毛を揺らして「にゃおうん」と猫が返事を返した。
滝田さんは会釈して、あの優しげな微笑みを浮かべる。
隣に立つ鈴音だけが、物凄く迷惑そうに口をへの字にして、挨拶より先に「忠告守りませんでしたね?」と慶太を見上げた。
「あっ!」
カフェの風景が頭に蘇る。
「絶対に家に入れないでくださいって言ったのに」
恨めしげに慶太を見つつ、横に立つ小さな少女の頭をするりと撫でた。
「まあまあ、鈴音君。私も悪かったんだ。時期だったし、私も井川君は気に入られそうだと思っていたんだよ。急だったから慌ててしまったけど」
「……はあ……なんかもう……ニンゲンもアヤカシも揃って言うこと聞かない奴等ばっか……こっちの心労も知らないで……」
どうも二人は知り合いらしい。
隣を見ると空虚な瞳で彼女も見上げていた。
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