終章

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ふとポケットから振動が短く響く。 スマホを取り出せばメッセージアプリのグリーンの吹き出しが画面に現れた。 タップすると学校のクラスのグループでしか来ないはずのクラスメイトから個人宛にメッセージが届いている。 長い髪、シャンプーの柔らかで甘い香り、そしてラベンダーの傘が鈴音の頭を掠めた。 (なんだろう) 今日学校で何かあっただろうか、と頭を傾げて開くと緑の吹き出しが3つ並んでいた。 『この間はちっちゃくて可愛いって言ってごめんね。男の子なのに、凄く嫌だったよね』 そんなことをずっと気にしていたのだろうか。 確かに彼女のほうがいくらか背が高い。 それだけのことだ。 気分は悪かったが、引きずることでもないのに。 『あのね、私……その本当は』 短く切れた吹き出しを目で追いながら3つ目の吹き出しを読む。 『鈴音くんのこと、好きなんだ』 短いメッセージがドツンと鈴音の胸に響いた。 思わず細く長いため息が溢れる。肺の空気をすべて吐き出しても腹の中に重たいものがずしりと残って苦しくなった。 「どうしたんじゃ」 器用に塀から鈴音の肩に移る銀の視線から逃れるように画面を暗く落としたが、目ざとい猫はニヤリと笑う。 「あのムスメか。お前も隅におけんのう」 そして酷く楽しそうに笑った。 「鈴音にも『カノジョ』とやらができるのか?」 そう言って細い目を更に細くして鈴音を見下ろす。 しかし陰った相棒の表情に思わず息を呑んだ。 鈴音はするりとスマホを撫でてそのまま瞼を閉じた。 ハッと苦しそうに息をついてから「できるわけないじゃん」と吐き捨てる様に言い放つ。 「来年には僕の方が彼女より綺麗になってるかもしれないんだからさ」 そっと鈴音は自分の肩を撫でた。 依代の影響なのか。 成長が止まってしまったかのような小さな体、アルトテノールの声、鈴音が苦い思いをして飲み込んでいることを銀は知っている。 彼の両親の姿は知らないが、本来ならもっと男らしい体つきに変わるはずだった。 そして可愛らしい女性を横に賑やかな繁華街を歩くことだってできるはずだった。 (鈴様はなんで男を次代に選んだのじゃろ……) 「安心せぇ、鈴音」 「何?」 「お前なんざ良いとこ十人並じゃ」 「……殴るよ?」 まだ十代半ば、いくら大人びた言動が多いにしても鈴音は柔い心を抱えている。 空を見上げれば初夏の空はまだ夕闇を感じさせない。 湿気の籠もった生温い風が頬を撫でた。 銀の瞼の奥で綺麗に笑う女性が浮かび上がる。 知的で美しく、鈴のようにコロコロと笑う彼女は身寄りの無かった少年に何を感じたのか。 『銀も鈴音も特別なのよ』 何が特別なのものか。 どう特別だというのか。 能天気に『特別』を喜べる時間はとうの昔に過ぎ去った。 鈴華の横でじっと黙ったままのあの大きな古臭い鈴は何を思っているのだろう。 せめてその理由をこの迷える少年に教えてやって欲しい。 背中で銀鈴が慰めるように優しい音を立てていた。 終わり
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