井川慶太

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貯金を切り崩しながら生活するにはいくら節約したところで限界がある。就職活動は翌日から始めた。 今日は面接だった。相手の反応は悪くなかったと思う。 少し待遇に気になる点はあったものの、今までの会社よりは数倍マシだと思えた。 鼻歌混じりで歩いた帰り道、ポツポツと頬に当たるものがある。 雨だ。 慌てて鞄を漁り、折り畳み傘を探す。と、指先に硬いものが当たった。 茶色の小瓶が鞄の底でコロリと転がっている。 ふと見上げるとそこはあの毒のように優しい滝田の勤める工場の前だった。 ゴウンゴウンと機械音が響いている。 「ここの近くだったのか」 全然気づかなかった。 ふと工場の入り口に鮮やかな紫のパンジーを見つける。 そうだ。面接に行く前、あの花を横目に通り過ぎたのだった。 雨の予兆か湿った空気が立ち込めていた。濃い紫の花の横、緑の葉にツヤっとした虹色の細い線を見つけて目を細めた。 カタツムリか、ナメクジか。 昔はよく見かけたというのに、最近じゃまったく出会うことが無かった。 いや。多分自分のことで精一杯で、周りを見る余裕なんてここ数年ありはしなかったのだ。 「え?」 花に指を伸ばしたとたん、突然グラグラと足元が揺れる感覚がした。膝を崩して座り込む。 目がグルグルとまわり、音が一切聞こえなくなった。 心臓が激しく揺れる。 ふと瞼の裏に突然別れたばかりの面接官の顔が浮かんだ。 古いブラウン管のテレビのようにノイズがのった音声、時々歪む映像が脳に流れ込む。 『なんか暗い人だったなぁ。声も小さいし、顔色悪かったし。ありゃ続かんなぁ』 『おや、電話だ。もしもし……。え?どういうことですか?』 笑顔だった担当の苦い顔。すでに諦めきった声。極めつけはこの言葉。 ………暗い人。 明らかに自分を指している。 例え今の映像が妄想だとしても、慶太の頭にはそれが真実だと思えた。 俺なんか……。 ポケットからスマートフォンを取り出し、震える指で電話を掛ける。 「……すみません、先程の面接して頂いた井川ですが……」 ざあざあと雨音が響く中、慶太は断りの電話を入れていた。 その日からだ。 やけに足が重たくなった。
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