井川慶太

3/4
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
雨の日が続いていた。 慶太は自分の住む安アパートの一階、窓の外を眺める。 黒い雲が立ち込めて雨粒を降らし続ける毎日に辟易していた。 昨日洗ったはずのシャツから生乾きの匂いが立つ。思わず舌打ちが零れた。 あれから就職活動は頓挫したままだ。 失業保険もあるし、再開したいところではあるが、あの時浮かんだガサガサの映像が何度も頭をチラついて前に踏み出せない。 そしてもう一つ悩んでいることがある。 ヒタリ。 小さな手のひらが窓に張り付いた。 (また来てる) もう一つヒタリと掌が窓につく。 向こう側に真っ黒い影が揺れた。 前髪は目の上で切り揃えられ、後ろ髪は地面につくほど長い。淡い黄色と白の着物は背中の方だけ濃い茶の花模様が散りばめられている。 肌は透き通り、青い血管が浮かんで見えた。 顔は作り物のようだ。もうしわけ程度に隆起した鼻と、切込みの様な小さな口があり、何よりも2つ並んだ目が異常だった。 白目はなく、どこまでも黒い。光を反射することもない丸い玉を2つ埋め込んだようだ。 (……悪霊) 多分間違いない。 はじめの頃は見間違いだと思ったが、ここ数日毎日窓に張り付いている。 奇妙なことに彼女はこちらをやたらと凝視しているくせに、家の中に入ることは無かった。 外に出ても付いてくるのは家の周辺のみ。少し離れればもう居なくなる。 ただ何かが絡みつくように、足だけが重たくてしかたがない。 頭の片隅に「お祓い」の文字が何度も浮かんだが、検索してみるとなかなかの高額だ。現在無職の慶太には厳しい。 やれることだけは、とお清めのつもりで焼き塩を一袋置いてある。 だが効果はあまりなさそうだ。距離を取るような仕草は見せたが、すぐに窓に張り付いた。 「はあ」 重たい溜息は止まることを知らない。昔溜息をつくと幸せが逃げていくと聞いたものだが、いくつの幸せが飛んでいったのか数えるのも億劫だ。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!