(番外編)南條夫妻と再会する

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「長野、行ってみたいねってずっと夫と話してて。それこそ、付き合う前から。結婚したけど新婚旅行は行けてなかったんです。それで今度、予定を立てて長野に旅行に」 「……いいですね、新婚旅行。素敵だ」  ここで、巽は遅まきながら村瀬の変化に気がついた。坂木と村瀬がどうやらないしょの恋人同士であると気がついている巽は、自分だけ自慢みたいになっちゃって、せいちゃんの気持ちを傷つけちゃったかも? と申し訳なくなった。慌てて言葉を重ねる。 「あ、ありがとうございます。その……でも、せいちゃんも、いいですね。坂木先生と旅行なんて!」  努めて明るく言うと、村瀬はあの美しくクールな顔つきでじっと巽を見下ろしていた。 「ええ。坂木先生との旅行はいろいろ大変ですが……なにせすぐ宿でごろごろしたがるので……楽しいですよ」 「いいなぁ。その取材旅行が、とっても面白い本の源になるんですよね。次回作も楽しみにしています」 「ありがとうございます。坂木先生に伝えます」  ここでまた言葉が途切れた。巽は内心どうしていいかわからない。せいちゃんがクールすぎるのだ。その上、考えていることがよくわからない。内面を読ませない、というやつだった。南條夫妻の新婚旅行を羨んでいるらしいということはわかったのだが、だからと言って態度はほとんど(九十九・九パーセント)変化がない。  ――うう、どうしよう。せいちゃんのこと、傷つけちゃったかも? 怒らせちゃったかも? で、でも、そう思うのはおれの思い上がりかもしれない。こんなとき、どうすれば……?  村瀬のように超絶クールな知り合いがいない巽は、一人慌てていた。  そのときだ。背後から呑気な声が聞こえてきた。 「村瀬くーん。巽さん。お待たせ~」  巽が勢いよく振り向くと、そこにいたのは作家、坂木倫太郎と南條成市郎だった。二人とも上背があり、がっしりしているのでよく目立つ。坂木と南條の顔を見て、巽は思わず安堵のため息をついた。ぺこりと頭を下げる。 「さ、坂木先生! サイン会では、ありがとうございました」 「お久しぶりです、巽さん。この前はサイン会にお越しくださり、ありがとうございました。さっき、そこのミステリコーナーで南條先生にお会いして」  坂木はほわほわと笑っている。相変わらず干したてのお布団感満載の、ほんわかあたたかい笑顔だ。落ち着く、と巽は安堵する。坂木の隣で、南條が村瀬に頭を下げている。 「その節はありがとうございました。えーっと、お名前は……」  村瀬も一礼した。顔を上げ、穏やかに答える。 「村瀬清路と申します。南條先生、その節は、こちらこそありがとうございました」 「巽くんと話してたんです。いただいたサインと御本、宝物になったなって。……それで、坂木先生とも話していたんですが、せっかくお会いできましたし、お茶でもいかがですか? この隣のカフェででも」  村瀬はちらっと坂木の顔を見た。 「いいですね。ぜひ」 「巽さんも、いいですか?」  坂木が訊いてくれる。巽はこくりとうなずいて、緊張のあまり思わず夫の手を握った。 「は、はい。坂木先生とせいちゃんとお茶できるなんて、うれしいです」  「せいちゃん」という呼び方に坂木は「ん?」という顔をしたものの、追及してはこなかった。笑顔で村瀬の肩を叩く。 「じゃあ、行こう。村瀬くん、ガイドブック、買ってくれたか?」  村瀬はハッと我に返った顔になり、 「今から買います、すみません」  手を伸ばし、出雲について書かれたガイドブックを本棚から掴み取った。 「おれたちは、後でいっしょに選ぼうか」  手を繋いだままにこにこと言った南條に、巽はためらいがちにうなずいた。
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