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緋の軍
緋色の旗がたなびく下で、ブライヴは空を眺めていた。流れていく雲を追いながら、前線の喚声と剣戟を聞いている。蒼の軍の堅い守りに幾度となく跳ね返されてなお、味方は果敢に突撃を繰り返している。
両軍の先鋒がぶつかってから三十分。敵味方ともに疲れが出始める頃。ここが最初の一手となる。
「閣下、先鋒に疲れが見えます。そろそろ入れ替えてはいかがでしょうか」
「いや、まだ早えよ。音は活きてる。もう少し待て」
空に目をやったまま、ブライヴが答える。前線から響く音に耳を傾けながら、この戦いに、これまでの戦いにふと思いを馳せる。
総力を挙げても勝てないが、かといって決して負けることもない宿敵。
長年にわたり戦い続け、しかし決着はつかず、死闘の果てに得るものはなく、あとには屍が山をなす。
戦いをやめればそれで終わる。しかし軍人がそんなことを言い出せば即刻死罪となろう。
故に、この馬鹿げた戦いが続くのを見届けるしかなかった。意味もなく大勢が死んでいくのを見届けるしかなかった。
無論、戦いを恐れているわけではない。しかし、命は無駄に散るべきではない。少なくとも、このような戦いで勇士たちを死なせるべきではない。
では、どうすればいいのか。
答えを追い求めて思い悩んでいたある日。
見つかれば直ちに処刑されるであろう敵国のど真ん中にただ一人、旅人姿で現れた奴は、言った。
――避けえぬ戦いならば、戦いそのものを制御すればよい。
――そうして、無駄な犠牲をできうる限り減らすべきだ。
――しかしそれは、私一人では成し得ない。もう一人が必要だ。如何に?
それは、まさに求めていた答えだった。
もし露見すれば処刑されるだろう。だがそれがなんだというのか。
自分が死ぬその日まで、自分の命ひとつで、無駄に散る命をひとつでも減らせるのなら。
承諾し、密約を交わした。
――永く、つまらぬ戦いを。
奴は、最後にそう言い捨てた。
音が、明らかに鈍くなった。
ブライヴは思考を打ち切り、空から前線へと目を移す。先鋒が疲弊しているのが一目でわかる。頃合いだ。
「――出るぞ」
短く告げたブライヴは軍馬にまたがり、側近から大剣を受け取って肩へ担ぐ。
「騎馬三百でかき乱す。合わせて全軍で押し上げろ。任せたぞ」
素早く命じ、あとに控える騎馬隊を顧みる。
不自然に映らぬよう力と強さを存分に見せつけ、しかしできる限り死者を出さない。そのためには攻撃箇所の選定から戦闘指揮、そして引き際まで、あらゆる采配に正確さと緻密さが要求される。容易いことではない。
――貴方の力量であれば上手くやれるでしょう。
(抜かせ、スウェルめ)
それでも、やらなければならない――いつか、意味ある戦いのその日まで。
「突撃し食い破る。いつものように、ただひたすらついてこい!」
ブライヴの言葉に、奮い立つ兵たちは咆哮で応える。
前線を見据えたブライヴは、高々と剣を振りかざし――
(これからもよろしく頼むぞ、スウェル)
「続けぇ!」
振り下ろすと同時に馬に鞭をくれ、先陣切って駆け出す。その背を、騎馬兵たちが雄たけびを上げながら追う。
一塊となった緋き軍団が、蒼の軍へ襲い掛かった。
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