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死神が雅人の体を示した。焦げた服に火傷だらけの肌、煙で咳き込み、痛む肺。
雅人は確かにと頷いた。戻るのは無理かもしれない。
ならば。
「出口を、変える」
死神に背を向け、苦しげな家族を抱えながら近づいたのは。
「は、死ぬ気?」
死神が戸惑いに、雅人は窓を開けた。煙が出ていき、人々の悲鳴が下から聞こえる。二階の高さを確認する。
「――そうだ、死ぬ気なんだ」
雅人はあっけらかんと答えた。窓に背中を向けて腰掛ければ狼狽えた死神が見える。
「お前は言ったな、定められた方法で死ぬって。それは火事に飛び込んだ俺が煙で呼吸困難になり焼死する、なんだろ」
「それは」
「そうだ、決して落下死、飛び降り自殺なんかじゃない」
焼死。
それが運命。だが、雅人が選ぼうとしている道は予測とは別だ。
「もし予測と違う行動なら、どうなるんだ?」
挑発に、死神が瞳に剣呑な光を宿す。怒り、焦り、動揺、綯い交ぜになった感情が隠し事を浮き彫りにしていく。
「死ぬ。犬をかばいながら落ちたら、打ち所が悪いとか首の骨が折れたら終わり。死にたくないんでしょ、きみにはできないでしょ⁉」
「ああ、死にたくない」
大切な人たちを悲しませたくない。既に火事に飛び込み心配をかけている、これ以上は駄目だ。
だが。
「――でも、こいつが、クロがいないと意味がない」
大切な家族のクロが代わりに死ぬかもしれない。
クロも含めた、大切な人たち全員と生きたい。いなくては、意味がない。
「無駄話は終わり。――退場は速やかに、だろ?」
「まって……っ」
「それじゃ賭けだ。どっちが勝つかな」
定めとは違う方法で、それも自殺行為なら死なないという推測。曖昧すぎる賭けだが、雅人に時間の余裕はない。
体から力を抜けば、簡単に傾く。何もない後ろへ、悲鳴が聞こえる。死神の焦った表情で手を伸ばす滑稽な姿を、最後まで目に焼き付けた。
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