7人が本棚に入れています
本棚に追加
「――田代さんの家、今から連れてってもらえるって」
弟さんに電話をかけた先輩の口からその言葉が出た瞬間、頭が真っ白になった。
不自然な体勢で固まった私を、ケーキ屋の店員さんが怪訝そうに見つめている。
ええっと、状況確認。なにがどうなってこうなったんだっけ?
うんと、時間が迫ってきたから最後にケーキでも食べようって言ったのはだれだっけ。そうだ、橋本先輩だ。
「私の好きなケーキ屋さんが入ってるみたいでさ。イートインスペースもあるっぽいから」
もちろん一も二もなく頷いて、私たちはケーキ屋へと向かったんだ。
橋本先輩が好きなだけあってちょっと値段はお高めだったけど、どれも見た目が凝っててかわいかった。
「ちょっと待って! なんか美味しそうなのあるんだけど!」
興奮した橋本先輩の声に顔を上げたら、ショーケースに先輩の顔が反射してた。
その前にあったのが、黄色いムース仕立てのホールケーキ。トッピングのメレンゲ菓子が花のように散りばめられてる、かわいいやつ。
「こちら、今月の新商品のレモンムーンです。七夕期間のあいだだけ、星もデザインになってるんです」
「本当、星と月になってる」
「すごーい!」
粉糖のかかっていないところが三日月と星になってるおしゃれなケーキ。橋本先輩はケーキと見つめ合って微動だにしなかった。
「これって、ピースカットはありますか?」
「残念ながら、こちらはホールサイズ限定となっております。お持ち帰り限定でして」
「だって」
結城先輩の言葉に、橋本先輩が歯を食いしばった。お気に入りのお菓子が売り切れだった子供みたいな顔をしてたのを覚えてる。
「えっと、外で食べます? どこか、公園とか探して……」
って、こんな都会の一等地にそんな場所あるわけなかったのに。自分でもないなと思っていたけど、結城先輩が一捻り考えてくれた。
「駐車場戻って車で食べるのは? コーヒーもテイクアウトしてさ」
「ああ! それがありましたね!」
なにもこの暑いなか、外で食べる必要はなかった。車内なら人の目も気にならないし、さすが結城先輩だ。私は全然思いつかなかった。
「……明美ちゃん、それでもいい? あの車あんまり快適じゃないけど」
「はい! 私、チーズケーキ大好きです!」
ランチのときもセットについてたミニケーキを食べたし、車で食べるのもお出掛け感があっていやじゃない。
それに、クールな先輩があんなに食いついていたのに、無下にはできない。
「明美ちゃんは優しいねえ。よしよし、ここはお姉さんたちが奢ってあげるからね」
「え、いいんですか!?」
「今日たくさん付き合ってくれたお礼。カードでお願いします」
「ちょっと待って桜、私ポイントカード持ってる」
こうして私たちは車でケーキを食べることになった。
うん、それは覚えてる。
先輩たちから名前で呼んでもらえるようになっていたことも覚えてる。
……で、なんで推しの家に行く流れになったんだっけ?
最初のコメントを投稿しよう!