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ゲームにはあまり詳しくないので、翔哉君が七転八倒しているあいだに用語なんかの補足を田代さんにしてもらう。
翔哉君の名誉のためにも言っておくと、今操作しているキャラクターは田代さんの設定したキャラクターなので、翔哉君には扱いづらいキャラクターらしい。とはいえ、どんなキャラでもそれなりの動きが出来なくちゃと、それとなく発破をかけられていたけれど。
なんか、兄弟みたいなやりとりでよかったなあ。翔哉君相手だとちょっと口が悪くなる感じもまた格別。
トイレに立ったついでに表情筋を緩めておく。じゃないと、ずっとヘラヘラしてしまいそうだ。
ゲームを眺めているうちに時間が経っていたようで、廊下が薄暗くなってきている。このままだと夜になるな――と思ったところで、ハッとした。
これ、もしかしてまずいんじゃ……!?
――モデルの田代穣さん宅から女性が出てくるところを激写!
――炎上! 売り出し中のモデル、自宅に女性を連れ込みか!?
――サイン会を前にファン激怒! モデル田代穣、その女性遍歴!
ネットニュースで見かけたことのある見出しが浮かび、ザッと血の気が引いた。
昼間は先輩たちも一緒だったから全然考えもしなかったけど、先輩たちがいない今、外に出たら……!
ううん、落ち着こう。いくらなんでもネガティブに考えすぎ。
暗くなってきたし先輩たちもいないけど、まだ十九時にもなってないし、第一翔哉君が一緒に――事実を捏造されたら?
衝撃の発想に廊下で立ちすくむ。
そうだよ! 翔哉君が写らないように撮られたら二人きりになるし、写真じゃ夜何時かなんてわかんないよね!? ネットニュースなんて、証拠なくてもすぐに交際とか破局とか言い出すし……おのれマスコミ!
まだなにも起きていないのに、早くもマスコミへの怒りが込み上げてくる。
油断してた。先輩たちと一緒に帰ればよかった。翔哉君には悪いけど、あのときテレビを切ってもらうべきだった。
どっちにしろ、モデルの家に一般女性が一人だけというのはあまりよろしくない。翔哉君がいるだけマシだけど、長居しちゃいけなかったんだ。うう、ファン失格。猛省します。早く帰ろう。
そう決心してリビングのドアを開ける。
翔哉君はもうゲームをやめていた。よし、これであとは帰るだけだ。
そう思ってドアを閉めると、田代さんが私に笑顔を向けた。絶対にこの笑顔を曇らせたりはしない。
「小笠原さん、そろそろ――」
「はい、そろそろ――」
お暇いたしますと私が口にする前に、田代さんは窓を指差した。
「花火上がるんで、ベランダ出ません?」
「お、い?」
断じて、推しにおいと言ったわけではない。お暇のおいまで言ったところで、かみ合っていないことに気付いたのだ。
「は、花火?」
「あれ、今日花火大会あるんだけど知らなかった? そのつもりで今日来たんだと思ってたんだけど」
知りませんでしたけど。え、花火大会?
もしかして、先輩たちのデートって、花火デートだった?
言われてみれば先輩たちがやけに交通情報や混雑を気にしていたような……。うわあ今さら。
「うちのベランダ、ちょうど花火が見えるんだ。せっかくだし、花火見てから帰りなよ」
「なんでそれ黙ってたんだよー、知ってたら友達連れてきたのに」
「だからだよ。それに去年は撮影で家空けてたから」
田代さんがビールの缶を空ける。
推しの家で、推しと一緒に花火を見られる。このシチュエーションを断れる人がいるだろうか。
……ま、まあ、もうどうせ夜だし。一時間でなにか変わるわけでもないし。
なにより、この状況で帰りますって言うの不自然すぎるよね! しょうがない! ウキウキしてるのは花火が楽しみだからです! うん!
そんなわけで、私の決意はいったん保留になった。
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