推し宅訪問

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「あああああ! いっけね間違えた! あー!」  翔哉君の手にあるのはビール缶。しかもロング。  私は免許持ってないし、田代さんもお酒飲んでるし、これで車で帰ることは出来なくなってしまった。  しゃがみこんでしまった私とお酒を、アワアワと見比べる翔哉君。花火に照らされて赤くなったり黄色くなったり。私はさぞ青いだろうけど。 「やらかしたあー! 完全に泊まるつもりでいたわ、もう」 「あーあー」 「まだそんな飲んでないからセーフとかない!? 俺強いし! 今すぐ吐いたらOKになる!?」 「ならないよ。はあ……」 「ごめんて! ほんとごめんなさい! わざとじゃないです! あー、またやったー!」  翔哉君が頭を抱えながら室内を動き回る。彼が騒げば騒ぐほど、嘆けば嘆くほど、花火の音がコントにしていく。 「ショウがごめん。代わりに送れればよかったんだけど、俺も飲んでるし――タクシー呼ぶね」 「いえ、電車乗って帰ります」  ここまで来たら一人ででも帰るべきだ。翔哉君が泊まっていくというのなら、ちょうどいい。 「電車はやめたほうがいいよ。あそこにいる人たちみんなが押し寄せるから」 「あ」  そうだ、花火大会やってたんだ。花火見てるのに忘れてた。  高みの見物から一気に当事者になってしまった。 「迷惑かけてばかりだし、タクシー代くらいは出させて。  な? お前もそう思うよな?」 「はい! 俺出します!」  威勢のいい返事。事態の元凶だけど、素直だから憎めないんだよなあ。むしろ好きになってきたかも。  解決策が出たところで、花火鑑賞を仕切り直す。  変わり種の花火が増えていて、いろんなイラストが空に浮かび上がった。逆さまになっていたりするのもご愛敬。どれもよくできていて見飽きない。 「どうぞ」  田代さんに駄菓子の瓶を向けられた。串に刺さったイカがたくさん。なんていうんだっけ、これ。 「いただきます」  一本抜いて先っぽをかじる。噛み切れなくてもにゅもにゅするけれど、甘いたれがおいしい。ちょっとピリッともする。 「お祭りっぽいものないって言ったけど、これがあったの忘れてた。  飲み物もお代わりいります? 取ってきますよ、こいつが。な?」 「おっす! 富士山の天然水でも汲んできまっす! とりあえず全部持ってきますんで!」  翔哉君は止める間もなく走って行った。フリスビー投げられた犬みたいだ。 「お待たせしあっしゃっせい!」 「なんて?」 「ありがとうございます。えー、どれにしようかな」  本当に全種持ってきた。いくつか転がる缶を、田代さんがさりげなく立てていく。 「これ、缶がおしゃれですね。サングリア?」 「そうだね」  フルーツの絵が描かれた白い缶。度数も確認するけれど、そんなに高くないし大丈夫。 「お酒弱い?」 「そんなには。田代さんは強いですか?」 「まあまあ。だいたい介抱する側にまわるかな」  田代さんも新しい缶を開けている。  そういえばいつの間にかとなりに立っちゃったけど……ま、いいよね。せっかくだし。  ちびちびお酒を飲みながら見る花火は、今までで一番きらめいて見えた。
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