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香ばしいパンの匂いがしてきたと思ったら、トースターがチンと音を立てた。
開けたらチーズの匂いもして、こんなときなのに食欲が湧いてしまう。
「いただきます」
「いただきまーす」
考えなきゃいけないことはたくさんあるけど、今はとにかく食べておこう。腹が減っては戦はできぬっていうことわざもあるし。
翔哉君はまだちょっと眠いのか、昨日よりも食べるスピードが遅い。昨日はガツガツ料理頬張ってたっけ。
うーん、なんだろうこの感じ。近くも遠くもない、でもちょっと近づいた感じ。
同じ部屋で同じものを食べるのってなんだか、なんかこう――
「なんか、事後って感じっすね」
「――」
口から破裂音にも似たとんでもない音が出た。咄嗟に口を押さえるものの、押し込まれたパンが喉に引っかかって噎せかける。無理無理! ここで噴くのはやだ!
「え、大丈夫?」
答える余裕なんてなかった。
意地でパンを飲み込んで、ジュースで押し流し、そして翔哉君に非難の目を向ける。
「なんでそういうこと言うの……」
「いや、言わないほうがなんか気まずいかなって」
確かに言ってもらったおかげでモヤモヤは消えたけど! あとちょっとで尊厳まで消し飛ぶところだった!
「もう……」
「ごめんごめん」
お詫びとばかりにグラスにジュースがつぎ足される。
翔哉君でさえこんなことを言うんだから、やっぱりさっさと帰らなくちゃ。
でも、家主が寝てるあいだに帰るのも体裁が悪い。非常識人間のレッテルを推しに張られるわけにはいかない。なんて二律背反!
「田代さん、まだ起きないかな」
「音は聞こえなかったけど。
でも、そんな時間かからないと思いますよ。俺と違ってちゃんと朝起きる人なんで」
「そう……」
起こすわけにもいかないし、自然に起きるのを待つしかないか。
息を吐き出した私を見て暇を持て余していると思ったのか、翔哉君が身を乗り出す。
「せっかくだから、ゲームして待ちません?」
「ゲーム?」
翔哉君は昨日もたくさんゲームしてたけど。
「昨日は俺らばっかやってたでしょ? 小笠原さんもやりましょうよ」
「え、でも私、ゲームは……」
「対戦系じゃなくて。協力系のゲームなら二人でやれますし」
「あー」
ゲームなんて全然やったことがないけれど、慣れてる翔哉君と協力なら遊べるかもしれない。それに、ゲームに熱中してれば時間なんてすぐに過ぎてくれる、はずだ。
「まずボタンの位置を覚えます。全部アルファベット書いてあるでしょ?」
「はい。……これ、なにかの頭文字?」
「全然。ここは左と右でLとRだけど」
「あ、ここにもボタンあるんだ。……ふたつもある」
「うわあ、すごくご新規さん。守らないと……」
「えっ、そんなに変?」
あまりにも初心者丸出しだったようで、絶滅危惧種を見るような眼差しを向けられてしまった。お恥ずかしい。
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