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初心者でもわかりやすいゲームで遊んでいたら、田代さんがリビングにやってきた。
「おはよ」
「あっ、おはようございます」
挨拶してから画面に向き直ると、操作していたキャラがいなくなっていた。
あれ? え、もしかして今の一瞬でやられたの!?
「あー、タッシー着替えてる! ずっる!」
「お前も着替えられただろ」
「じゃあ俺も着替える!」
固まってると、翔哉君がゲームを止めて立ち上がった。タイトル画面が表示される。
田代さんはどんな寝間着だったんだろう。私たちと同じスウェットじゃないよね?
いや、これは純粋に興味を持っただけで、けして同じメーカーの女性物を買って匂わせをしたいわけでは!
スウェットのメーカーはもう確認済みだけど! そんなことより、二人きりだ!
アワアワしながらコントローラーを離す。
二人きりになってしまったうえに、田代さんが翔哉君の座ってた場所に座るものだから、緊張は一瞬にしてピークに達した。
操作するボタンを教えてもらっていたとはいえ、こんなに距離が近かったなんて。
「ゲームしてたの?」
「はい……」
うわあ声が裏返りそう! しかも私ノーメイクだし!
ジリジリと距離を取り、目元を前髪で隠そうと顔を俯かせる。
とにかく今はごまかしてごまかしてごまかすしかない。
「あの、此度はとんだご迷惑をおかけしまして……」
「此度」
「このお詫びはいつか必ず……必ず果たしますので……」
「なんで時代劇口調になってるの。今さら緊張してる?」
今さらどころかずっとです! 寝て起きて、慣れのほうがリセットされただけです! なんて言えない!
なんでこんな新鮮に緊張しちゃうんだろう! 好きだからだけど!
「昨日のあれはどう考えても翔哉のせいなんだからさ。むしろこっちがお詫びしなくちゃいけないくらい」
「そんな、翔哉君のせいじゃないです! 私がズルズルと居座ってしまっただけで……」
「あいつ庇わなくていいって」
いいえ、本当に私が悪いんです。推しの誘惑に負けた私が!
なんて言えるわけもない。
「あの、私、もう帰りますね」
ソファの上のバッグを引き寄せる。客間からちゃんと持ってきといてよかった。
「ご飯食べてからにしたら?」
「食べました」
よかった、翔哉君と一緒に食べておいて。推しの手を煩わせなくて済む。
「もう行くの? 翔哉と帰るんでしょ」
「電車もありますから、先に帰ります。翔哉君にもそう言っておいてください」
これ以上なにか起こす前に、早く帰らないと。
あれ?
立ち上がろうと腰を浮かせたのに、ストンと腰がソファに沈む。
「あのさ」
田代さんの手が肩を押したのだと気付いたときには、田代さんの顔が眼前にあった。
「なんでそんなに帰りたがるの?」
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