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今度は家にだれもいない、本当の二人きりだ。
話し合うにあたって、テレビ前のソファからテーブルに場所を移した。
田代さんと最初に二人きりになったときも、この椅子だったな。
あのときは緊張でいっぱいいっぱいだったけれど、さすがにもう顔を見たくらいで緊張はしない。さっきと違ってテーブルがあいだにあるし。
そもそも、さっきのあれはあまりにも近すぎだ。触れそうで触れない微妙な距離……今思い出すとちょっとロマンチックだったかも!
そんなことを考える脳天気な私と違って、田代さんの表情は緊張感に満ちていた。
やっぱり、深刻な行き違いがあったみたいだ。
「もう一回状況を整理するね。君は、だれのファン?」
「田代穣様のファンです」
するりと様付けすると、気が削がれたみたいに田代さんの肩が落ちる。
「本当に俺のファンなの? 翔哉じゃなくて?」
「はい!」
こればっかりは再考する意味がない。間髪入れずに肯定する。
「雑誌で拝見してからずっとファンです! サイン会も、楽しみにしてます!」
なんなら昨日のショッピングはサイン会の下準備でした! とは言えないので省略する。ここでハードルを上げても意味がない。
「あ、うん。……そうだ、俺もサイン会あったんだった」
「翔哉君もあったんですか? サイン会」
それならすれ違いの加速も無理はないけれど、田代さんは苦笑いを浮かべた。
「翔哉のことだって思い込んでたからさ……。
ファッション雑誌のとこで気付けって話だけど」
田代さんはそう自虐するけれど、私もすれ違いに気付いていなかったし、おあいこだ。ううん、推しの意図を読めなかった私が全面的に悪い。
田代さんに迷惑をかけてしまうなんて。改めて、自分の愚かしさが身に染みる。
「すべて私の不徳のいたすところです。私が居座ったからこんなことに……!」
やっぱり来るべきじゃなかった。来なかったら来なかったで涙を流していただろうけれど、罪悪感のベクトルと重さが段違いだ。
「そういえばやけに帰りたがってたね。ファンなら、家とか来たがるものじゃないの? 俺が言うのもなんだけど」
自分のことだからか、少し歯切れ悪く田代さんが言う。
「来れて嬉しいですけど、先輩たちが先に帰ってしまったんで……。
写真撮られてネットニュースに載ったりでもしたらどうしようかと」
「あー、そういうことか! なるほどね!」
私の不自然な態度に納得がいったのか、田代さんがしきりに頷く。
好きだからこその反応が、逆に嫌っているように見えるというあれだ。好き避け的な。
「全然わかんなかった。
そもそも俺、ネットニュースになるほど知名度ないよ。恋愛NGってわけでもないし」
杞憂だとばかりに田代さんは笑うけれど、私は首を横に振る。
「いいえ! 近所の人とかに見られるかもしれませんし!
何年か後に拡散されたりしたら! 私は私が許せません!」
このデジタル時代、人の噂は半永久的にネットに残ってしまう。
今は世間的知名度がそこまで高くなくても、ちょっとしたきっかけで国民的人気を獲得する可能性はある。だってかっこいいし紳士だし。
そしてそれは逆もしかり。人気というのは簡単に上がり下がりして、下がるとなかなか戻らない。例なんていくらでもある。
そう。空は落ちなくても、星はいくらでも落ちるのだ。
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