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力説する私に、田代さんはわずかに目を逸らした。そして、伸びていた背筋をじわじわと丸めていく。
「えっと、ほんとに俺のファンなんだね。……なんだ、俺てっきり」
引きつる口元を手で覆う田代さん。あっ、このポーズ初見かも。
「ごめん俺、ショウとなにかあったのかと思ってて……。
ずっとあいつにくっついてたし、やけにかしこまってたし……」
「え、ええ!? くっついてなんか!」
いったいどこを見て、と言いたくなったものの、田代さん視点で考えればそうなってしまうのかもしれない。
田代さんと適切な距離を保とうとすれば、そのぶん翔哉君側に寄るか、翔哉君を挟むかしかない。ベランダで花火を見たときも、翔哉君あいだに挟もうとして不自然に動いちゃったし。
そっか、そこだけ見たら私が翔哉君狙ってるみたいにも見えるんだ……うわあ、全然考えてなかった!
「あの、誤解で! そんなつもりは全然!
翔哉君は橋本先輩の弟さんですし! 失礼がないようにと思って!」
憧れにしている先輩の身内なのだから、粗相のないように振る舞うのは当然だ。それで言えば、推しの田代さんにも同じような態度だったのに。
「いや、だって、俺は年離れてるし。
……あー、ほんと俺バカみたい」
誤解が解けていくたびに、田代さんの余裕が崩れていく。
羞恥でじわじわと顔が赤くなっていく田代さんを見ていると、なんだろう、すごくドキドキする。モデルとしての完璧な姿からのこのギャップが、こう――たまらない。不謹慎だけど!
「ごめんなさい、変なことしたせいで余計なお気遣いを……」
「いや! ほんと君が謝ることじゃないから! 俺こそ変に勘ぐって変なこと言ってごめんね? うわー……ほんと恥ずかしい」
よほど恥ずかしいのか、田代さんは両手で顔を隠してしまう。
隙間から覗く頬の赤さとか緩んだ口元とか、これ以上ときめかせるのはやめてほしい。でもこっち見てないなら、こっちから見放題なんだよなあ。はー、好き。
身もだえする田代さんを見つめていたら、田代さんがふと顔を上げた。バッチリ目が合ってしまって、さっと目を逸らす。
人が苦しんでいる姿で萌えていたぶん、ちょっと後ろめたかった。
「待って。聞き流したけど、サイン会来てくれるの?」
「はい。……あっ、困りますか?」
こんなことになっちゃったし、いやがられても文句は言えないよね。
ここ最近の生きがいだったし、行けなくなったらすごく残念だけど、推しの迷惑になるくらいなら、潔く諦めるしか――
「まさか。すごくうれしい」
苦渋の決断をしようとしていた私は即座に硬直した。
お世辞抜きのはしゃいだ声。眉を下げたへにゃりとした笑顔。
それだけでもすごい破壊力だった。だったのに、田代さんの顔は羞恥の余韻で赤面しているうえに、目が潤んでいた。こんなの、こんなの好きに決まってる!
「うああ」
心臓がドッと鼓動を上げ、堪えきれずに大きく体をのけぞらせる。
無理無理無理! こんなの真正面から受け止められない!
「え、どうしたの?」
「なんでもないです……」
ちょっと頭がおかしくて心臓が爆発しそうなだけです――じゃなくて、心臓がおかしくて頭が爆発しそうになっています! さすがにもう慣れたと思っていたのに! 不覚! でも耐えなきゃ!
力を振り絞って、なんとか姿勢を正す。
「絶対行きます……!」
「ありがとう。楽しみに待ってるね」
「こちらこそですぅ……」
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