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「やっぱここはきれいめ意識で白系がいいと思うんだよね。ほかが黒めな色だし」
「んー。コーデ的にはいいんだけど、見た目の雰囲気に言動が合わなくなるよ。ここはカジュアルダウンを狙ったていにしたほうがよくない?」
「カジュアルダウンねえ……」
「ありがち?」
ジャケットのコーナーで先輩二人が案を出し合っている。
まるでコーディネータのやりとりを見ているようで、つまり、私に入る余地などない。女性物なら少しは反応できるけれど、男性物だとまるで無力だ。
まあ、それは仕方ない。だって、弟さんも話に入れていないのだし。
「女の人の買い物の長さって、こういうとこっすよね……」
「かもしれません……」
「今はありがたいんですけどね。
これ毎回は普通に……姉ちゃんの彼氏マジすげえわ」
橋本先輩の恋人さんなら、そうとうハイスペックに違いない。社内の人じゃないらしいから、学生時代の彼氏さんなのかも。先輩なら引く手あまただろう。
「ほら、試しに着て」
「ほいほい。おっ、いい感じ! で、こっちは――こっちもよき!」
「うん、似合ってる」
「ちょっと丈短いか。次、これ」
「あいよ」
次々と服を渡す先輩たちと、着ていく弟さんと、戻していく私。
なぜかきれいに流れが生まれていて、近づけない店員さんが二の足を踏んでいる。
「これいいんじゃない? ワンポイントあるの好きでしょ」
「好き。でもちょっとお高く――チラ?」
「カード持ってきてるの知ってるけど?」
「チッ、ダメか。 ……ん?」
弟さんの視線がふいに動き、店の入り口へと向かう。
そういえば、弟さんは弟さんでお知り合いと待ち合わせしてたんだっけ。どんな人か――なっ!?
「来た来た! おはざーっす!」
「はよ。おはようございます」
「おはようございます」
「俺来る前にもう服選んでんの? ってか、下なに着てんだよ」
「めくんの禁止! これ似合ってる?」
「合ってる」
「じゃあ買ってくる!」
……ハッ。いけないいけない、意識がなくなってた。
ここにきて推しの幻覚を見てるなんてどうかして――なーい! 幻覚じゃない! 田代穣がいる! なんでえ!?
「初めまして、姉の奈緒です。いつも弟がお世話になっているみたいで」
「いえいえ。いつも楽しく遊ばせてもらってます」
わー、憧れの人たちが型どおりの挨拶してる。なんか変な感じ。待って、本当に現実? 弟さんはモデルの友達って言ってたけど! 大学生くらいの子想像してたよ!
「お待たせー。集合何時?」
「美容院五時だから、四時半には連絡すると思う」
「おっけ!」
みんなは普通にしてるけど、私はまだ現実に心が追いついてない。
私、視界に入ってないよね? 大丈夫だよね? 推しの視界に入ったりしてないよね!?
「小笠原ちゃん? 固まってない?」
「びっくりしちゃった? かっこよかったよね、今の人」
「か゛っ゛こ゛よ゛か゛っ゛た゛です゛……!」
「なんて?」
万感の思いがこもりすぎて、言葉はほとんど声にならなかった。
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