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何を知っても千尋の過去は気にしないつもりだけど。
端末を千尋に返す。
到着した千尋の部屋は一階だ。階段を挟んで二つ並んだうちの外側。
中に入ると直に小さなキッチンがありその向かいにバスルーム、奥に部屋が二つ。一つは洋室でもう一つは和室。洋室はリビングにしているらしかった。和室は寝室なのだろう。
ここでネパールと言った意味がようやく分かった。まず入って直ぐの玄関先に、色取りどりの旗のようなものが、天井から吊り下げられはためいていたのだ。
青、白、赤、緑、黃。一枚、一枚、数えて行く。後で調べるとタルチョと言い、有り難いお経が描かれた布らしい。魔除けと祈りの旗、とあった。それらが出迎える。
キッチンには特に装飾は無いが、やたらと調味料の瓶が目立つ。香辛料のスパイシーな香りが自然の芳香剤となっていた。ネパール料理に関係するのだろうか。取り敢えず、異国の薫りはする。
奥のフローリングの部屋はソファとテレビ、中央に小さなテーブルが置かれていた。
テーブルは古い木製で、かなり年季が入っている。その上に小さな木製の象の人形が置かれていた。顔は象だけれど身体は人。どこかで見た事があると思って調べたら、ガネーシャと言うらしい。
テレビが置かれた台も木製でこちらも年季が入っていて、同じく象の人形が置かれていた。ソファには見たことのない文字の入った布がかけられている。
カーテンも同じくアジアを感じさせる布がかけられていた。部屋の隅にはアレカヤシが鎮座している。電灯は柔らかい色を放つ裸電球だった。
「うーん。確かにアジア、っぽくはある…」
「ネパール!」
千尋が言い直す。
「うん、ネパールだった。確かにネパール…」
なのだろう。多分。
ネパール自体、詳しく知らない俺は思い込む事で納得する。けれど、千尋がこんな趣味だったとは意外だった。
「ネパール、好きなの?」
「前に住んでた住人が置いてった奴。けど、落ち着くからそのまんま。俺が装飾したのは──」
千尋は着ていたグレーのパーカーを脱ぐとTシャツ一枚になった。白地の裾に龍の絵が入っている。どうやら龍が好きらしい。
「それとそれ」
指さしたのは二箇所。
「それとそれ?」
千尋が先に指さしたのは小さなフェルトで出来たキーホルダー。ストラップ部分がピンで止められ壁にかかっている。
丸い白い顔に線で描いた様な目鼻口。手なのか足なのか、その顔から四本触手が生えている。
全体的にはタコかイカに似ていた。身体部分は綺麗な白とブルーのグラデーション。
表情は笑っているのか、怒っているのか分からない。でも、和む顔つきだ。
これ──ネパール?? …分からない。
ただ、もう一方、後に指さした壁には雪を被った険しい岩山の写真が一枚飾られていた。これは完璧にネパール方面だろう。
「それ、親父が撮った奴」
「へぇ…。写真家なんだ。凄いね」
こんな険しい山を撮ると言う事はかなり本格的な登山になるはず──。そこへ千尋が付け加える。
「だった、だけど」
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