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そうして、今までで初めての、不思議な時間を千尋と過ごし、一日を終える。
その後、千尋は俺を家の玄関前まで送ってくれた。時刻は夕方五時過ぎ。
「駅までで良かったのに…」
「うん。なんか、そうしたかったから。それに、拓人が途中で歩けなくなったら困るだろ?」
「歩けなくなる…って、どうして?」
すると千尋はツンと指先で額をついてきた。
「な、に?」
突かれた額を押さえて千尋を見返す。
「拓人は今、頭も身体もガッチガチで動けなくなってる。久しぶりに外に出て、一人になったら急に周りが怖くなって動けなくなるかもしれない。拓人がユルユルになるまで一緒にいる」
「ユルユルって?」
呆気に取られていると、それには答えず、千尋は不意に俺の肩にヒラリと手を乗せて顔を傾け、唇にキスをした。柔らかく触れるだけ。
間近に俺の目を覗き込むと。
「…キスって、いいだろ?」
にっと笑んでポンポンと軽く頭を叩くと、手を振って帰って行った。
俺はぽかんとして、小さくなって行くその背を見つめる。
好きなだけ暴れて、後片付けもせず去って行く。まるで嵐のようでもあり。
一体、今日一日で何度キスしたんだろ。
俺は今されたばかりの唇に手を触れさせる。残された温もりは、決して嫌なものではなかった。
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