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大人の声だった。幾分ハスキーなそれは、嗜める風もなく、ただ尋ねていると言ったよう。
銀髪の男はその声の主を知っているのか、慌てた様に胸倉を掴んでいた手を離すと。
「ま、眞砂さんっ」
先ほどの勢いはどこへやら。背を丸めて萎縮する。
仲間も同じだ。皆罰が悪そうにそっぽを向いた。そんな三人をみやった男は腕を組むとため息交じりに。
「…なにしてもいいが、お前ら、保護観察中っての忘れんなよ?」
「ちょっと戯れてただけっす。…じゃあな」
そう言うと、銀髪男は千尋をジロリと睨み返し仲間と共にまた、派手なネオンサインが溢れる街の中へと消えて行った。
眞砂と呼ばれた男は仕方ないと言った具合に三人を見送った後、こちらに振り返り。
「千尋、珍しいな? ここに顔出すのは。元気そうで良かった。後ろは──友達か?」
鋭い視線がこちらに向けられる。大人の男性だ。黒髪は短めにカットされていて、無造作に撫で付けられている。身長は高く体格は筋肉もつきガッシリとしていた。まるで格闘家のよう。
焼けた肌が精悍な顔つきに合っているが、目つきが鋭く一見すると、まともな職業の者には見えない。どうやら千尋とも知り合いらしい。
「篠宮拓人。今は、まだ…友達です」
千尋は俺の手首をしっかり摑むと、傍らに並びそう答える。
まだ? って、それって?
まるで友達の先があるような言い方。けれど、友達の先ってなんだろう。
首をかしげる俺に、眞砂は面白がる顔になると。
「それは良かった。いい子そうじゃないか。頑張れよ、千尋」
笑うと途端に人懐こい顔になった。それに対して、千尋の表情は固い。
「はい。あの…、眞砂さん」
「なんだ?」
「あいつら、また何か?」
「ああ…。また薬に手ぇだしてな。保護観察中だ。再犯だからな…。今回はぎり未成年で何とか免れたが次やれば後はない。直に二十歳になるしな。お前もあいつらには極力関わるなよ? 抜けたお前の事が気に入らないようだからな。更生って言葉が分からん連中だ。どうにかしたいが…」
眞砂の表情が曇る。千尋は厳しい顔つきのまま。
「俺はいい。けど、こいつにちょっかい出す様なマネはさせたくない。あいつらに顔、覚えられた…」
「分かった。良く釘を刺しとく」
「…ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる姿は、そんな動作に慣れていない様で。ぴょこんとしていて可愛い。
そんな千尋を、どこか優しい眼差しで見た眞砂は、不意にこちらに視線を投げかけ。
「君…篠宮くんか…。俺は眞砂臣司、仕事の合間に保護司もしていてな。前に千尋がヤケを起こしてた時期に世話した事があるんだ。千尋は昔は少しやんちゃしてたが、今は違う。今後も今の千尋を見てやって欲しい」
「はい」
迷いなく返事を返した。
昔のやんちゃ時代。気にはなるけれど、過ぎた過去より今だと思う。
それを聞いた眞砂は嬉しそうに笑むと。
「これで千尋はもう、大丈夫だな?」
「…たぶん。でも、こいつ次第…」
「っと。振られてもヤケは起こすなよ? いいことは何もない。まあ、必死になれば全くの無しって事も無いだろうが…」
俺次第とか、振られるとか。いまいちピンと来ないけれど。
眞砂の意味ありげな視線が寄越される。
「篠宮くん…。君は千尋が嫌いじゃ無いだろう? だから付き合ってる」
「はい…?」
何だろうと首を傾げれば、
「例え、千尋が何者だろうと、それは変わらないと言い切れるかな?」
何者とはなんだろう。実はヤクザの組長だったとか。どこかの国の王子様だったとか。危険な国から来たスパイとか。貧相な発想力では想像もつかない。
「俺は今の千尋しか知らないです。けど、今の千尋の事は、その、…好きです。それだけで十分かなって。だって俺だって過去をほじくり返したらろくでもないって思われるかも知れないし。誰も人の事は言えないなって。今の千尋を作ったのは過去の千尋だし…。だから、千尋の昔に何があっても、俺の知らない千尋がいても、俺の知る千尋は変わらないって、思います…」
千尋はまるで珍しいものでも見るように、じっとこちらを見ている。なんだろう。頬が熱い。
「そうか。そこまで思っていてくれるなら、大丈夫だ。な? 千尋。あとは当たって砕けろ」
「…砕けねぇし」
千尋はムスッとして答える。眞砂はそれだけ言い残すと、じゃあなとまたネオン輝く街の中へ消えて行った。
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