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ある夜、道行が一人で留守番をしていると、激しく扉をたたく音がした。
「先生! 助けてください!」
切羽詰まった様子の声を聞き、道行は用件を訊ねる前に扉を開けた。
一組の夫婦が立っていた。
妻の腕には、まだ生まれて間もない赤子が抱かれている。
「息子が目を覚まさないのです! 診てくれませんか?」
「先生は、お仕事で留守にしています」
「いつお戻りに?」
「今は七時だから……もうすぐです。さあ、どうぞ中へ」
久遠が診察に使う部屋に急いで親子を通し、座ってもらった。
赤子は弱々しく呼吸し、顔色は蒼白である。
「お子さんは、いつからついていましたか?」
道行に問われた両親は、不思議そうな顔をした。
「何のことですか?」
「あ、それは……いや、見間違いでした。すみません」
そうだ、俺だけに見えているのだ。
不安にさせたか案じた道行だが、両親は我が子の無事を願うので精一杯のようだった。
道行の目に映る赤子は闇に覆われている。それは故郷で見た黒い煙と同じだった。
これがある人は皆、調子が悪くなる。
今にも呼吸を止めてしまいそうな赤子と心配で押し潰されそうな夫婦を目の前にして、何をすべきか分からぬ道行は自分の無力さを悔やんだ。
闇よ消えてくれ! この子を助けてくれ!
ひたすらに祈っていた。赤子が目を覚ますように。
「ただいま」
久遠の声がして、夫婦は玄関へ走った。
事情を聞いた久遠は、すぐに赤子の診察を始める。
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