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雲一つない晴天の下、雨宮桜花は港に立つ。
凪いだ波を眺めている。
魚の鱗のような水面はキラキラ輝く。
賑わいが聞こえる。普段なら船の行き来があるから人も多い。
「なにがあるんだよ……おい、進めないぞ!」
誰かの声で、桜花は後ろを向いた。
腹を立てたのではない。
彼女と人々の間に距離を作る『立ち入り禁止』の簡素な看板――これを踏み越える者が万が一いないか目を光らせていた。
実のところ看板などはおまけで、視認不可能の結界が部外者の侵入を防いでいた。
結界の外の人からは、桜花の姿は見えない。
それでも、こんなにも奇妙なことが起きるのは陰陽寮で何かをやっていると、大体の傍観者には察しがついていた。
桜花の顔は微笑んでいない。
冷たく感じられる表情。しかし、彼女の内には多くの感情が抱えられていた。
不安、自身のふがいなさ、そして、覚悟。
「おはようございます。お疲れ様です」
到着した道行が挨拶をした。
彼の後ろには久遠。
「おはよう、雨宮さん。様子はどうだい?」
「とても落ち着いています。もうすぐとは、信じられません」
久遠と桜花の交わした会話の意味するところが、道行には不明だった。
「すみません」
二人の顔が、声を出した道行の方に向いた。
「これから何が起こるのか教えてください。私は祓い屋の見習いです」
もう蚊帳の外に置かれたくはない。
「未熟だから助けにもならないし、怖気付いてしまうかもしれません。ですが、後には引かないと決めています」
何も知らない者の決意なんて、どれ程の人間が信用するだろうか?
道行の耳で、がやがやと群衆の声が響く。
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