うみのかみ

9/19
前へ
/165ページ
次へ
 雲一つない晴天の下、雨宮桜花(おうか)は港に立つ。  ()いだ波を眺めている。  魚の鱗のような水面はキラキラ輝く。  賑わいが聞こえる。普段なら船の行き来があるから人も多い。 「なにがあるんだよ……おい、進めないぞ!」  誰かの声で、桜花は後ろを向いた。  腹を立てたのではない。  彼女と人々の間に距離を作る『立ち入り禁止』の簡素な看板――これを踏み越える者が万が一いないか目を光らせていた。  実のところ看板などはおまけで、視認不可能の結界が部外者の侵入を防いでいた。  結界の外の人からは、桜花の姿は見えない。  それでも、こんなにも奇妙なことが起きるのは陰陽寮で何かをやっていると、大体の傍観者には察しがついていた。  桜花の顔は微笑んでいない。  冷たく感じられる表情。しかし、彼女の内には多くの感情が抱えられていた。  不安、自身のふがいなさ、そして、覚悟。 「おはようございます。お疲れ様です」  到着した道行が挨拶をした。  彼の後ろには久遠。 「おはよう、雨宮さん。様子はどうだい?」 「とても落ち着いています。もうすぐとは、信じられません」  久遠と桜花の交わした会話の意味するところが、道行には不明だった。 「すみません」  二人の顔が、声を出した道行の方に向いた。 「これから何が起こるのか教えてください。私は祓い屋の見習いです」  もう蚊帳(かや)の外に置かれたくはない。 「未熟だから助けにもならないし、怖気(おじけ)()いてしまうかもしれません。ですが、後には引かないと決めています」  何も知らない者の決意なんて、どれ程の人間が信用するだろうか?  道行の耳で、がやがやと群衆の声が響く。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加