伏魔

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 老舗の雑貨屋――従業員のみが入れる場所で、スーツを着た胡麻塩頭の男が怒りを露わにして椅子に座っている。  少し前まで街にいた二人の青年が、机を隔てて男に向かい合う形で立っていた。  二人とも、背筋と表情が強張(こわば)っている。 「吉川(よしかわ)ァ! お前は何度仕事をほっぽり出せば気が済むんだ!」  吉川道行という名の黒髪の青年は、男から怒鳴り声を浴びせられ、跳ねるように震えた。 「お前はこの一か月の間に五回も、化けモンを見つけたという理由で仕事を抜けた。本当にふざけた野郎だ」  忌々しそうに吐かれた男の言葉を道行と同じように気圧(けお)されながら聞いていた丸眼鏡の青年が、恐る恐る口を開く。 「ですが、店長……道行は化け物が見えるだけでなく、退治することも出来るんですよ」 「だから、会計中でも客の前で外に出ていいのか、大久保(おおくぼ)? 店の信用に関わるんだ! お前らが出て行ったせいで来る文句は、俺だけで対応すんだぞ!」  店長と呼ばれた男は、大久保と呼ぶ従業員の擁護に耳を貸す気は無かった。とにかく、今までの道行の所業にうんざりしているのである。  じろりと、店長が道行に視線を戻した。 「霊験者(れいげんしゃ)だか何だか知らんが、ウチは慈善事業でも(はら)い屋でもねぇんだ」 「ごめんなさい! あの、残って働きま」 「給料泥棒は今から辞めろ」  道行は床に視線を落とした。 「おい、早く出てけ」 「……申し訳ございません。今までありがとうございました」 「謝って済むもんか。全く、こんなん呼んで、お偉いさんは何考えてんだか」  別れの(はなむけ)とばかりに、店長は尚も嫌味を言った。
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