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フロントガラスに水滴がいくつか落ちたかと思うと、すぐに滝のような流れがいくつもできた。あいつ、傘持ってなかったよなと気にしているうちに助手席のドアが開いた。
「やべ、めっちゃ濡れた」
隣に座った春田の前髪から雫が落ちている。あまりきれいでもないタオルを渡してやると、春田は自分ではなく膝に乗せた小ぶりのショルダーバッグを念入りに拭いた。
「早く出してよ」
俺は急かされるままにエンジンをかけた。アクセルを踏むとタイヤが空回りして焦ったが、どうにか地面を掴んで動き出した。春田はしきりに後ろを気にしている。
「尾行されてないだろ」
街灯はまばらでしかもこの雨だから、背後の様子はほとんどわからないが、少なくともヘッドライトの光は感じない。
春田は安堵したように頷き、ショルダーバッグのファスナーを開けた。中には帯封つきの札束が幾つか押し込まれている。
「物騒だなあ、タオルでも巻いて隠しとけ」
「うん」
春田はさっき俺が渡した薄汚いタオルで札束を丁寧に巻きバッグに詰め直してから、カーラジオのスイッチを入れた。耳慣れない歌謡曲の軽やかな旋律が車内に流れる。
車は市街地に入った。激しい雨のせいで、ワイパーがほとんど用を為していない。このまま下道を走るべきか高速に乗るべきか、俺は迷っていた。
「さっき待ち合わせ場所にいた奴なんだけど」
すっかりぬるくなっているはずであろうペットボトルの中身を飲んで、春田は溜息をついた。
「大河内だった。焦ったよお」
「誰そいつ」
「知らない?松嵜組でヤク関係仕切ってる奴。売人もきっちり締めててさ、上客が多いんだよ」
俺は街灯の下で春田と話している男の姿を思い出そうとしたが、暗かったせいか春田より小柄だなくらいの印象しかなかった。
『……ここで交通情報です。J**自動車道は雨による速度制限の影響で、Mジャンクションで五キロの渋滞……』
下道にしよう。慣れない高速でスリップ事故でも起こしたら目も当てられない。雨はまだ強いし、この国道ならあまり混んでいないはずだ。
俺が帰路をシミュレーションしているのに、全く気遣うことなく春田は喋り続ける。
「見た目はチビの冴えないおっさん。でも、キレたら容赦ないって噂で、売上げ誤魔化してた売人が半殺しにあったとか……」
「ふーん」
「俺もヤク流す仕事始めて大分経つけど、大河内が直接来るときは取引量も受け取る金も半端ないから緊張するんだよ。アイツ、俺が渡したクスリのシートを取り出して、ペンライトで刻印まで見てた。うちの組背負ってるんだから、ニセモノ渡すわけないっつーの」
鼻を鳴らして春田はペットボトルの緑茶を飲み干した。
俺は春田がクスリの取引をするときに何度か運転役を務めているだけで、どんなやり取りをしているのかはほとんど知らないし、知りたいとも思わない。若頭の西方さんはそこを買って俺に運転を命じているのかもしれない。
「今回ヤクの量が多いからさあ、大河内に訊いてみたんだよね」
俺の興味とは関係なく、春田は勝手に語り出す。
「そしたらでかいハンロができたんだって言うんだけど……ハンロって何?」
「客が増えたってことだろ」
「あーそういうことか……Summer Showerって知ってる?」
「CMで見かけるくらいなら」
最近売り出し中の五人組男性アイドルグループだ。爽やかな雰囲気と本格的なダンスが特徴で、制汗剤とか炭酸飲料とかのCMに出ている。可愛い顔をしてるくせに麻雀とパチンコと酒で日々を費やしている春田が、芸能人なんて知っていることに驚いた。
「メンバー全員が顧客なんだってさ。めっちゃ上客で、パーティーやるから沢山買い上げてくれるらしいよ」
「どうせ乱交パーティーだろ」
「そうだろうねえ」
こんな世界に飛び込んでおいて何だが、俺はクスリ関係はやらないことにしている。中学でグレはじめた頃はシンナーに手を出したこともあったけれど、期待したほど楽しめなくて、すぐにやめてしまった。
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