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第26話 真実
七の鐘は疾うに鳴り終わり、夜の帳が下りつつあった。
王族の交渉旗だけあって、あちらも伯爵本人や手当てを受けた軍団長が出向いてくる様子。ならば不意打ちはあるまいと、私とゼロ、ラトーニュ卿、それにイズミが連れて行けと言って聞かないため、護衛にレコールを加えた五人で進み出た。
交渉旗の元に進み出ると、さらに現れたのがロワニドだった。
「私はダルエル殿下に仲裁人として遣わされました」
「殿下にだと? 馬鹿馬鹿しい。そこの男爵も含めて全てそちらの手駒ではないか」
そう言ってきたのは伯爵だった。
そしてダルエル殿下――つまりはあの第二王子だった。
「閣下、言い分はお聞きしましょう。こちらは王族の交渉旗を掲げておりますので」
そう言ったのは王都の政務官を名乗った男だ。
フン――とゴーエ伯は整えられた髭を歪めて不満を表す。
「まずは閣下のご言い分をお聞きしましょう」
政務官に答えたのはレクトルとカルナ様が呼んでいた男だった。
「彼らは神殿とは名ばかり、街の子供たちを攫い、あまつさえ王都へ招かれ行方不明となっていたトメリルの賢者様を監禁していたのです。神殿長を捕らえ、白状させました」
「なっ……そんな馬鹿な」
私は思わず声が漏れてしまい、交渉旗の護衛から睨まれる。
「賢者様は国王陛下より招かれた、次の大賢者様にもなりうるお方です。そのような国の財産を奪うことなどもってのほか。陛下の許可の元、我々はこちらに赴きました。つきましては御前にて全ての罪を明らかにしていただきたい」
そう言ってレクトルは締めくくった。
「では神殿側の代表は?」
「私が」――と言ったのはゼロ政務官だった。
「まずはこの横暴を止めて頂き感謝いたします」
「――我々は孤児たちを保護していただけでなく、とある一団に襲撃され命を奪われそうになったトメリルの賢者様を助け、保護しておりました。これについては私は主神様に誓うことができます」
誓いは易々と言葉にできるものではない。一生ついて回る言わば制約だ。それをおそらくはジーンから聞かされただけのゼロが口にする。彼はどれだけ我々を無条件に信用しているというのだろう。
「他にも、交渉旗を無視して射掛けるなど法規を無視する行いもございましたが――」
「あれは捕虜を交渉の場に連れ出すからであろう!」
「伯爵のご子息については自身で説得に協力したいと申し出がございましたので」
「人質を連れて脅したようなものだ!」
「まあ落ち着いてくださいレクトル殿。では、どちらも御前にて判断を仰ぐと言うことでこの場は兵を引いていただけますね」
ロワニドがそういうと、伯爵が代わりに答える。
「トメリルの賢者様はこちらで預からせていただこう」
「賢者様についてはミリニール公の元で預からせていただきます。仲裁を仰せつかっておりますので問題ありませんね? それから捕虜となった伯爵のご子息についてもこちらで預からせていただきましょう」
「問題ありません」――政務官は答えた。
ただ、伯爵は――茶番だ――そう呟いたように聞こえた。
◇◇◇◇◇
神殿はメレア公の騎士と小領地の兵にスカルデたちを任せて、我々はカルナ様と王都内のミリニール公の屋敷に招かれていた。
まずは――と、部屋を与えられ、備え付けのお湯の出るバスルームで体を洗われた。部屋も暖かく、市井の部屋のように底冷えすることは無い。懐かしい、そして以前なら当たり前のような待遇だった。これも全て魔鉱を得たことに依る、貴族たちだけの特権。我々はそれだけの責任を担うのが本来の在り方だ。侍女たちに清潔な服を着せてもらう。
我々は遅い夕食に招待された。私とイズミ、ジーンとゼロ、男爵たちに席が用意されていた。ロワニドがやってきて席に着く。
「まずはジーン殿、この度のメレア公のご協力を感謝いたします」
ジーンが頷く。
「閣下、失礼いたします。市井ではジーンなどと名乗っておりますが、メレア公ご子息はエフゲニオ様と申されます」
ゼロに向かって眉を寄せるジーン。余計なことをとでも思ったのだろう。
「エフゲニオです。以後お見知りおきを」
「なるほど。ロワニドと申します」
また、ロワニドはイズミに向き直る。
「トメリルの賢者様、よくご無事で」
「ああ、ラヴィーリアたちが護ってくれたからな」
公子相手でも物怖じしないイズミにロワニドは驚くこともなく涼しい顔をしていた。
そしてロワニドは配下の者たちに労いの言葉を掛ける。
「――皆、ご苦労だった。まずは喉を潤し、空腹を満たして疲れを癒してくれ。護衛の皆も」
そう言って傍に付いていたゴアマを席に導く。
「貴方たちも」
私がレコールとフェフロに言うが、彼らは頑として動こうとしない。
「共に戦った戦友が滋養を取らないことには私も落ち着いて食べられないのだけれど?」
そういうと、ようやく席についてくれる。
「ラヴィーリア様は先陣を切って活躍されたと聞きましたよ」
「閣下、あまり人の話を鵜呑みにしないよう。レコールとフェフロの後ろで逡巡してばかりおりました」
「ルテルの軍団長を倒していただろう。俺は見たぞ」
「あれは援護があってのものです。フェフロでしょう? 長剣を投げつけたの」
ロシェナン卿の言葉を慌てて否定する。
「閣下、ところでカルナ様は……」
「彼には申し訳ないが別室で食事を取って貰っている。後で話はしたい」
「そうですか……」
カルナ様は私と共に戦いたいと言っていた。彼にこれまで何があったのかはわからない。けれども、彼なりに父親の所業を思い悩んでいたのかもしれない。
「カルナ様はもしかすると我々の力になってくれるやもしれません」
「可能性は無くもないが、彼の立場からすると周囲が許さないだろう」
彼は伯爵家の跡取りだ。兄弟が居ないわけではないが、彼もみすみすその地位を捨てることなど無いだろう。彼と共に在ればどれだけ心強いことだったろう。
◇◇◇◇◇
「イズミ、さっきはどうして着いてきていたのに黙っていたの?」
私は隣に座って居たイズミに神殿での交渉の際の事を小声で聞いた。
「奴らの会話を探ってた」
「探るって賢者の力?」
「そう。エイロンの自白は本当。けれど、そうなると真っ当な手段ではないでしょうね」
「そっか」
「トメリルの賢者様? お部屋にご不便はございませんでしたか?」
横からロワニドが声を掛けてきた。
「ああ。だが、体を洗われるのは好きじゃない。温かい湯の出るシャワーがあればそれでいいし、着替えの手伝いも要らないから一人で着られるものを用意してくれるとありがたい。何しろ貧しい村の出身なものでな」
貧しい村の出身の少女とは思えない物言いのイズミ。
「ところで賢者様、実は我が領にぜひ鑑定していただきたい女性が数多く居るのですが……」
「ああ、魔女の祝福の件だな。構わないがラヴィーリアを通してくれ。この子が我々の橋渡しとなる」
「ラヴィーリア様がですか? 実のところ、私は彼女を妻として迎え入れようと考えているのです」
「えっ、マジ?」
驚いたのはイズミだけだった。
ジーンを始め、メレア公の配下の皆には伝わって居るだろう。
そして男爵たちも今更と言う顔をしてわざわざ反応も示さなかった。
「ラヴィーリア様は正式にメレア公の養女となっております。西と東への橋渡しとなるよう、閣下にもご協力いただきたい」
そう言ったのはゼロだった。ロワニドも知っていたのか何食わぬ顔で――承知した――と返すだけ。私が呑気に湯浴みをしている間に話し合いが為されたのだろうか。ジーンが不機嫌そうに見えるのもそのせいかもしれない。
「名前が変わっていたからな。そっちは知っていたが、ラヴィーリアは本当にそれでいいのか?」
イズミに問われる。
「私は民のためであればどのような立場になろうとも構いません」
「前にも言ったがラヴィーリアは気負い過ぎる。周りを見ろ。お前以外はいい年した男だらけだぞ。お前がそこまで苦しむ必要は無い」
イズミはまるで自身を無視するようにそう言った。
「私は変えたいのです。この王国を。そのためにはそれだけの立場が必要なのです」
イズミは諦めるように溜息をひとつつき、静寂が訪れた。
「素晴らしいじゃないか!」
大げさに拍手をしながら部屋の入口から入ってくる男。
仮面を付けてはいるがその身なりから私には誰だかわかってしまった。
思い当たる人物は二人いる。
一人はロシェナン卿のところで出会ったあの仮面の男。
そしてその声と身なりからもう一人の人物が思い当たってしまった。
第二王子、ダルエル殿下だ。
「――ラヴィーリア、その話、私とではどうだろう?」
「なんですって?」――私は思わず強い口調でそう言ってしまった。
「あんたがラヴィを苦しめたって聞いたわよ」――イズミにも事情を話してあった。
「いやまさかここまでの逸材とは思ってもいなかったんだ。あの頃の君はただの偶像に過ぎなかった。ソノフとロスタルの仲を裂くにはちょうどよい存在だったんだよ」
私は思わず立ち上がって背中の長包丁の柄に手を掛けてしまった。
仮面の男は護衛を二人連れていたが、彼らが察して前に出る。
レコールとフェフロも立ち上がった。
ただ、仮面の男は護衛の二人を下がらせた。
「閣下がラヴィを陥れたっていうのか?」
遠慮のないゴアマはそう聞いた。
「ルゴアマダール、閣下ではなく殿下だよ。あちらは本物の殿下だ」
ロワニドがそう訂正した。
「ああ、その通り。事を成せるなら彼女にはいくらでも償いはしよう」
男爵らとレコール、ゴアマは彼が何者かは聞かされていなかったのかもしれない。ラトーニュ卿に至ってはこめかみを抑えて難しい顔をしている。
「私は……私は貴方が許せません。貴方の甘言に絆されてしまった自分はもっと許せません」
「ああ。申し訳ないことをした。目的はどうあれ、純粋な君たちの関係に傷をつけてしまった」
私は武器を収めた。
「未成年でしかも他人の婚約者に手を出すし、ホント、今の王族は最低だわ」
「全くもって賢者様の言う通り。ですので、首は挿げ替えなくてはなりません」
第二王子ダルエルは皆に聞こえるよう、そう言い放った。
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