咲かない桜は美しかった

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翌日、僕は作業員の人たちに電話をかけて、必死で頼み込んだ。あの桜の木を切るのはやめてください、と。 しかしもうすぐ春は終わる。他の木も、もう花を散らしている。タイムリミットは迫っている。それなのに、「もう決まったことだ」と一掃されてしまった。 来る日も来る日も、電話をかけ続けた。そのうち、だんだんと向こうも面倒くさくなってきたのだろうか、「そんなに言うなら、あと一年待ちましょう」ということになった。僕は胸を撫で下ろした。 彼女にそのことを伝えたくて、電話をかけた。 しかし、繋がることはなかった。 代わりに後から病院の職員から電話があった。 「咲良さんは現在、容態が悪化して、面会できない状況になっています」 言葉が出なかった。 *** 咲良が亡くなったのはその一週間後、五月の初めの週だった。 彼女の墓の前で手を合わせ、あの木の前でも手を合わせた。 目を閉じて初夏の風を感じていると、誰かが近づいてくる気配があった。 振り返ると、そこにあの老人が立っていた。 「何かあったのかね」 僕は彼女のことを話す。話している途中で涙腺が緩みかけて、ぐっと堪えた。 彼女はきっと僕が泣くことを望んでいないはずだから。 「そうか……それは不幸だったな」 そこで言葉を止めた老人は、「おや、」と呟く。 視線の先を辿ると、頭上の木の枝の先に、小さな桜の花が一輪だけぽつりと咲いていた。 「ようやくだな」 老人は笑った。 その花は、涙で滲んですぐに見えなくなってしまった。 end
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