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はやる気持ちが腕の中の彼を揺らしたのがいけなかったのか、トイレに着くと同時、まるでマーライオンのように彼が吐いた。
背中をさすってやりながら「全部吐いちまえ。――楽になれるから」と声を掛けつつ、内心では(ギリギリセーフ……)と安堵していたりする。
便器の中にぶちまけられた吐しゃ物は、基本液体のみ。
固形物が殆どないことからも、彼が酒のみを摂取していたことをうかがわせて。
はぁーっと大きく溜め息をつくと、私は彼の顔をまじまじと見詰めた。
ゲロまみれでも綺麗に見えるとか……反則だよな、と思いながら。
***
結局あのあと彼を捨て置けなかった私は、彼の分まで会計を済ませて店を後にした。
一度手を出してしまったら、どうにも見捨てられなくなってしまうのは、私の悪い性分だ。
このせいで妻が生きていた頃にはよく、捨て猫などを拾って帰っては咲江に『将さん、またですか?』と困った顔をされたものだ。
(けど……いつもアイツが何とかしてくれたんだよな)
連れ帰った猫たちは、数日間は我が家で世話をしたけれど、気が付けば皆、咲江がちゃんと飼ってくれる人を見つけて来て、無事里子に出ていなくなっていた。
(ああ。そう言やぁ今回は咲江がいないんだよなぁ)
――果たしてそんな状態で拾いっ子なんかして、私の手に負えるだろうか?
ふとそんなことを考えてから、いま自分が連れ帰ろうとしているのは猫じゃなかったなと苦笑して。
さて、どうしたものかと思いを巡らせる。
行きつけの居酒屋から自宅までは徒歩十分圏内だが、さすがに軽いとはいえ成人男性一人を抱えて歩けるほどの体力は、アラフォーの私にはない。
ふらつくほど酔っぱらっちゃいないが、酒だって入っているから尚更だ。
結局店主にタクシーを呼んでもらって、彼を支えたまま後部シートに収まって。
自分の太ももへもたせ掛けるようにして休ませている青年の顔を見下ろして、ほぅっと溜め息をこぼす。
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