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「なぁ、……私、深月に職場の場所なんか教えてたっけ?」
おや?と思って問いかけたら『いえ、は、長谷川建設をスマホで調べて……それで……。……って、ごめんなさいっ! き、気持ち悪かった、です、よねっ』と慌てる気配がして、私は思わず言葉に詰まった。
深月が、私の苗字が長谷川だと覚えていてくれたことも。
私が何の気なしに語った、「建設会社の社長をしている」という話を、深月が心に留めていてくれたということも。
何なら経営する会社の社名が『長谷川建設』だということを深月が知ってくれていたことも――。
そんな単純なことを深月が私を迎えに来る縁にしてくれたんだと思うと、嬉しくてたまらない……なんて言ったら、深月を困らせてしまうだろうか。
そもそも――。
社名については作業服の胸辺りに刺繡がちょろっと入っているだけで、深月に「こうだ」と教えた覚えはない。
だが、深月がそう言うのを見てわざわざ会社の場所まで調べてくれたんだと思ったら、何とも言えない多幸感に包まれて。
「全然気持ち悪かねぇよ。むしろ……深月が私のことに興味を持ってくれたんだなって思ったら、死ぬほど嬉しくなっちまったんだけど」
言いながら、自然口元がほころぶのを止められない。
「――で、深月がいる場所からは今、何が見えてる?」
浮かれながら深月を迎えに行くための目印を問いかける私の背中を、物陰からじっと見詰める不穏な人影があったことに、私は不覚にも気付けなかった。
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