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「全然大丈夫っすよ! 深月さんと楽しく話して待ってるんで」
行かないで将継さん……と、僕は縋るような視線を送ってしまったけれど、「深月、ちぃーと待っててな? すぐ帰るから」と綺麗な瞳を眇めてコートを羽織りながら玄関へと向かってしまった。
「まーた、深月さんにだけ挨拶っすか……」
ポツンと呟いた石矢さんが、「将継さんと深月さんって……本当に拾われっ子なだけなんすか? あんなに深月深月って……。超ムカつくんすけど」と言って僕を睨みつけてくる。
「ま、将継さんは優しいから……僕を介抱して拾ってくれただけで……。誘惑なんて……してません!」
そもそも僕は何故、一八の子に敬語を使っているのだろうかと、どこか頭の隅で冷静な自分がいたけれど、今の石矢さんは間違いなく不穏な空気を纏っているのがわかって、思わずぶるりと震える。
(将継さんは出会って日も浅い僕をずっと守ってくれてただけなのに……何で誘惑したとか言われなきゃいけないんだ!?)
「深月さんは知らないと思うんっすけど……俺は将継さんと秘密を共有してるんすよね」
「……秘密の……共有?」
「俺が、前科一犯の殺人犯ってことを」
その言葉に僕はたちまち青褪めて、僅かに石矢さんと距離を取るように震える足で後ずさってしまった。
「……殺人、犯?」
「十六ん時、成り行きで恋人殺っちゃってるんっすよね。服役して娑婆に出て……途方に暮れてた俺を拾ってくれたのが将継さんで。あの人の一番になりたいんす、俺は……。だから、将継さんの好意を一身に受けてる深月さん見てるとイライラして仕方ないんっすよ。将継さんから離れないなら、ちょっと痛い目に遭わせちゃうかも?」
ニヤリと笑った石矢さんは、身を竦めているうちにあっという間に僕を畳に押さえつけるように馬乗りになって、気が付いた時には鳩尾を一発殴られていた。
「――っ!」
「本当はそのムカつく綺麗な顔、ボッコボコにしてやりたいんすけど……将継さんにバレたくないんで身体で我慢してあげますね? み・づ・き・さん。――深月さんは心の広い人だから告げ口なんか出来ないっすよね?」
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