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ただいま、と声を掛けて家に足を踏み入れてみれば、石矢が不自然すぎるくらい満面の笑みで答えてくれて。
何もなかったか?とあえて問うてみたけれど、にこやかに〝何もなかった〟だの〝楽しかった〟だの答えてくるのは石矢のみだった。
深月はどうだったんだ?と視線を転じれば、何故か目を赤くしてまつ毛を濡らしている。
にわかに不安になった私は、深月にそのことを指摘したのだけれど。
深月は〝石矢さんに昔の話をしていて涙腺が緩んだ〟と答えてきた。
石矢も深月の言葉に被せるように、〝深月さんとたくさん話せて楽しかった〟とか言ってくるから。
私は違和感を覚えながらも二人の言葉を信じることにして、一旦はこの話を収めたのだ。
だけど――。
石矢が台所へと私を急かすようにして追い立ててくるのに従いながら、私はリビングに一人ポツンと取り残されたままの深月のことが気になって仕方がない。
「……深月もおいで?」
背後にぴったりとくっ付いて……何なら私の腰に手まで添えてくる勢いの石矢をスッとかわすと、私は深月の元へ戻った。
そうして――。
「深月?」
彼が声もなく涙を溢れさせているのに気が付いて、言葉に詰まる。
(――過去のことを石矢に話して感極まったにしても、泣き過ぎじゃねぇか?)
そもそも、深月が初対面の石矢にそんな突っ込んだ話をするだろうか?
そのことが甚だ疑問に思えて。
「深月、私に何か隠してねぇか?」
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