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自分でもお腹や背中がどうなっているのか確認する暇もないままだったから、絶句している将継さんに僕はただただ後ろめたい気持ちでいっぱいになってしまった。
「……石矢にやられたのか?」
ややして静かに、しかし激しい怒りを堪えているような声音で問われて、何だか嘘を吐いてしまったことを咎められたような気がして胸がつきつきと痛んだ。
「――なぁ、深月。答えてくれ」
何も言えないままでいると将継さんの手のひらがそっとお腹を這うから、産毛を撫でられているような感覚に思わず身を捩る。
「石矢さんは……将継さんのことが、好き……なんです。だから……、僕なら大丈夫だから……石矢さんに、もう……罪にならないように――」
その言葉の続きは、柔らかな感触の唇で塞がれて発することを許されなかった。
(……え?)
何をされたのかわからないまま呆けたように目を見開いていると、唇に細波のような微かな震えを感じたと共に、鼓膜に「深月」という音が届いて将継さんの真摯な双眸に呼び戻される。
「何をされた? 何を言われた? 何を感じた? 全部教えてくれ……頼むから。じゃなきゃ納得出来ねぇ。全部、私のせいだ……」
「ちが……、将継さんのせいじゃ……」
否定の言葉を放ろうとしたら額の生え際から前髪を指で優しく掻き上げられて、途端にすうっと冷えたそこに温かな唇を押し当てられた。
たったそれだけで――。
たったそれだけで、繕っていた虚勢は唇の温度で瓦解してしまって身体中の水分が瞳に押し寄せてきたかのように視界が定まらなくなった。
「深月……頼むから。悔しくて仕方ねぇーんだ。せめて、全部教えてくんねぇか? 私にも共有させてくんねぇか?」
その言葉に、身体中の水分はいよいよ瞳の枠から完全にはみ出してぽろぽろとこめかみを伝い落ちていく。
「……将継さんのそばに、僕はいちゃ駄目だって……殴られて……蹴られて……。でも、僕はまだ、将継さんのそばにいたくて……そしたら、石矢さん……怒って……」
嗚咽から何とか声を言葉にしようと懸命に紡ぐ様を将継さんは僕の髪の毛を梳きながら、辛抱強く待ってくれた。
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