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「石矢、その作業が終わったらちょっと付き合え」
今日は教育係の大滝に話をして、石矢を会社へ置いて行ってもらった。
私の手元において、現場で使う道具の下準備をさせたりして過ごさせたのだが、さして複雑な作業じゃない。
もう五分もあれば予定分は終わるだろう。
「わぁー。何だろぉ?」
俄然やる気を出したみたいに作業の手をスピードアップさせる石矢を、眼鏡越し。帳簿を見るふりをしながら遠目に見遣って……深月をあんな目に遭わせておいて、平然としている石矢の様子に、腸が煮えくり返りそうになる。
「俺、すっごく楽しみです、将……、じゃなくて……えっと、社長じきじきのお誘い!」
人懐っこい子犬みたいな笑顔を向けて石矢が私のことをわざとらしく〝将継〟さんと呼ぼうとしたのをジロリと睨んで停止させると、石矢は一応に〝社長〟と言い直してきた。
だが、隙あらば距離を詰めるみたいに呼び方を変えてこようとする、そういうあざとさに苛立ちが募って仕方がない。
そんな石矢の様子に、私は覚悟を決めたように携帯を操作すると、朝連絡をした男にメールを一件送ってから立ち上がって。
そのまま事務所一角にある消耗品の備品棚から結束バンドを無造作にいくつか取って作業着の胸ポケットにねじ込むと、小さく吐息を落とした。
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