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仕事が終わった私のそばへ走り寄って来て嬉し気に報告する石矢を、眼鏡のブリッジを上げながらちらりと見つめて、「ま、ここじゃ何だ。私の車へ行こうか」と事務所から誘い出す。
定時まであと三〇分。
他の社員らには、今日は夕方用事があるから事務所は早々に閉める予定だと伝え、各々現場から直帰するよう指示してある。
「とりあえず石矢。今日はもう仕事は上がりってことで処理しとくから。――タイムカードは押さなくていい」
下手に打刻すれば処理が面倒になる。
後で私が承認印を捺す形で定時上がりとした方が楽だ。
他の社員らからも自己申告で何時に引き上げたか書類を提出してもらうように言ってあるから、石矢のもそこへ混ぜ込めばいい。
そう告げると、「わぁ~。本当は早上がりなのに……何か社長から特別扱いされてるみたいですっごくドキドキします」と石矢が満面の笑みを浮かべるから。
私は「ああ、そうだな。私は石矢のことをこれ以上ないくらい特別扱いしているよ」と、わざと喜ばせてやった。
――まぁ、当然いい意味で、じゃないがな……という言葉を心の中に押し隠して。
***
「えっ。ここって――」
石矢を伴って車を滑り込ませたのは、市内にいくつかあるシティホテルのうちのひとつだ。
「上に部屋が取ってある」
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