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05.逃亡未遂【Side:十六夜 深月】
月に一度受診する精神科のカウンセリングルームは、雲の上のように座り心地の良い革張りのソファがガラステーブルを挟んで対面するように二脚並んでいる。
ソワソワと着地すると、すぐに久留米先生が僕を見つめて優しく微笑んでくれる。
四十一歳になる久留米先生は、歳よりもずっと精悍で、一見強面なその鋭い目つきは、笑うとたちまち三日月のように優しく細められて。
いつものように、一ヶ月間の生活や、それから一番大切な「性的興奮はあったかな? なかったかな?」を訊かれる。
僕は、その問いに毎度フルフルと首を横に振った。
密かな憧れの対象である先生を想ってならもしかして……と、何度か自慰行為を試みようとしたけれど、欠陥品の性器は全く熱を持たなくて。
でも、今日はそこで先生がソファから立ち上がって、ゆっくり僕を抱きしめた。
腰から這うようにカットソーをまくり上げられていき、長い繊細な指が僕の生白い肌の桜色に色付いた乳暈の頂を掠めると「ぁ、んっ……」と、堪えきれない吐息がこぼれた。
僕の欠陥品のそれが疼くように脈を打って──。
(あ……れ……? 夢……?)
朧気に瞼を開けると真っ暗闇の中に僕は居て頭がガンガンと痛みながらも、記憶が自動で追想を始める。
僕は確かバイトをまたバックレてフラフラと居酒屋に入ってヤケ酒に溺れて……。
いつの間にか、家に帰ってきていたのか?
でも、毎日身体をギシギシ言わせながら起き上がる安物のパイプベッドの上に敷いただけの硬いマットレスとは違う、弾力性のあるフワフワした敷布団に背を預けていることに違和感を覚える。
頭を押さえながら半身を起こして、僕は目をパチパチと見開いた。
(ここ……どこ?)
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