32.深月を騙し通せる強さ【Side:長谷川 将継】

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   相良(さがら)は今すぐ石矢(いしや)の命をどうこうするつもりはないと言った。  使えると判断しさえすれば、きっと大事に育ててもくれるだろう。  いい意味でも悪い意味でも、相良は約束を守る男だったから。  石矢が心を入れ替えて相良の元で務めるなら、恐らく生きていくための道だけは(ひら)けるはずだ。 (真っ当な社会復帰は無理だろうがな……)  本当はこうなることを未然に防ぎたかったと言うのが本音だ。  だが石矢は実際、私の大事な人を相手に傷害事件を起こしたのだ。  暴行を受けた深月(みづき)の診断書だって取ってある。  今、この場でなされた石矢の胸糞の悪い告白も、しっかりボイスレコーダーに録音してある。  石矢(いしや)恭司(きょうじ)懲戒(ちょうかい)解雇(かいこ)するのは、そんなに難しいことじゃないだろう。  反省するつもりがない人間に掛けてやれるほどの温情なんて、残念ながら私は持ち合わせていないのだ。  ただ、深月が真相を知ったら悲しむだろうから……。  深月にだけは絶対に真実を知られてはいけない、と思った。  一人部屋を後にしながらふと視線を落としたスマートフォンには、いつの間に届いたんだろう?  深月からメッセージがきていて。 『将継(まさつぐ)さん、お仕事お疲れ様です。ちゃんと帰ってきてくれますよね? お仕事中にごめんなさい。待ってます。ずっと』  それに視線を落としながら、私は亡き妻に願わずにはいられなかった。  なぁ、咲江(さきえ)。  こんな汚い私の心を、どうか綺麗な心の深月にだけは知られずに済むように……。  深月を上手に騙し通せる強さを私に与えてくれないか?
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