33.二人がいい【Side:十六夜 深月】

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***  三十分も待たないうちに玄関の開く気配がして、僕の肩はびくんと震えて、呼応するように胸まで弾んだ。 「ただいま、深月(みづき)。遅くなって悪かったな? 横になってなくて身体平気か?」  コートを脱ぎながらリビングに顔を覗かせ、座卓の九〇度の角度に腰を下ろした将継(まさつぐ)さんの視線を僕は直視出来なくて、思わず俯いてしまう。 「お、おかえりなさい……将継さん。僕なら、大丈夫、です。あ、あの……石矢(いしや)さんに何もされてませんよね? 石矢さんは、どうなったんですか……?」  恐る恐る訊ねると将継さんは僕の前髪の生え際に逆らうように髪を掻き分けながら頭を撫でてきた。  それは、今日一日中ずっとそうして欲しいと待ち望んでいた手の温もりで、気持ち良さに自然と瞳が弧を描く。 「大丈夫。なんもされてねぇよ。ただ――深月にあんなことして流石に無罪放免ってわけにゃあいかねぇからな。ちぃーと、謹慎処分っちゅう話し合いをしてたら遅くなっちまったんだ。深月が心配しなくても、私も石矢も大丈夫だから」 「謹慎処分って……どれくらいですか? 石矢さん、ちゃんとお仕事に復帰、出来ますよね? 僕のせいで、仕事を失ったりしたら……悲しいです」  思わず小声になりつつもチラリと眼鏡の奥の瞳を覗き込むと、琥珀色の瞳が一瞬(かげ)りを帯びたことに気付いてしまった。 (やっぱり石矢さん……僕のせいで……何かあったんだ……)  けれど、すぐに優しい眼差しに戻った将継さんが、僕の前髪の感触を楽しむみたいに絶えず指で束ねて()き続けながら穏やかな声を出した。 「――そうだな……一ヶ月くらい反省させたらちゃんと復帰させるつもりだから。深月のせいで石矢がどうこうなったりはしねぇーよ」 「で、でも……診断書とか、もらってたから……本当は将継さん、僕のこと(かば)って――」  その言葉の続きは、将継さんが僕の腕を引いて逞しい胸の中に閉じ込め、唇を塞がれたことによって吸い込まれていってしまった。  頬に冷たいレンズの感触がする。  唇が火傷したように熱い。  キス、されてる――。  それだけで切ないほど苦しいような、切ないほど嬉しいような、甘美なアンビバレンツに包まれながらも、彼の悲しみが唇から伝わってくるようだった。 (ごめんなさい……将継さん……。きっと僕のために心を砕いてくれたんだ……)
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