33.二人がいい【Side:十六夜 深月】

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「僕が何を救った、んですか? どうして……将継(まさつぐ)さんが、謝るん……ですか?」  彼に(おか)されて熱い疼きが残っている震えた唇でそれだけ訊ねると、将継さんは再びその胸に僕を懐かせて閉じ込めた。 「――ん、深月(みづき)の存在に救われてんだわ。謝ったのは、私が拾ったせいで辛い目に遭わせちまったから。私が拾わなけりゃあ、こんな怪我しねぇーで済んだはずだ……」 「ち、違っ……ぃます! 救われたのは僕も同じで……。将継さんに拾ってもらったお陰で……すごく変われた、と思います……。こんな身体の怪我なんて……お釣りがくるくらい、将継さんに……色んなこと、教わりました。僕はそれが嬉しくて……こんな気持ち、今まで感じたことなくて……。でも、……夢みたい。夢だったらどうしようって、怖いんです……」  たどたどしく言葉を紡ぐと、将継さんは僕の頭頂部に顎を載せてきて、その重みに彼の気持ちの圧も感じられた気がして、心の中が溶け出した蜜のような甘さで飽和(ほうわ)した。 「夢じゃねぇーよ。つーか、私の方が夢みてぇだ。咲江(さきえ)が死んでから、こんな風に誰かを愛せる日が来るなんて思わなかった。深月が来てくれてから幸せ過ぎて仕方ねぇんだわ。逃したくねぇ、深月を。私のそばにいたせいで傷付けちまったけど……それでもそばにいて欲しい。どうしようもねぇワガママだ。大人気ねぇって笑うか?」  顎が載せられたままの頭をフルフルと横に振ると、その気配を感じ取ったらしい将継さんが、背がしなるほど抱きしめる腕に力を込めてきた。  こんな幸せがあったんだ。  誰かにここまで求められるのはこんなにも幸せなんだ。 (胸が苦しい……。僕も、愛……なのかな?)  〝好き〟だという気持ちさえも、まだ幼すぎてこの手に持て余している僕が、〝愛〟を知ろうだなんてきっと急ぎすぎているだろう。  けれども今は、確かに将継さんの温もりを焦がれるほど求めていて、僕の人生には存在しないだろうと思っていた(たぐい)の温かさで満たされていて。  僕は彼の腕の中で、作業服の胸元をギュッと握りしめた。  本当は背中に腕を回してしまいたかったけれど、それをしてしまったら僕は(おもい)を封じ込められなくなってしまいそうで。 「……笑いません。僕も、幸せだから……」  好きだと言えない代わりに出てきた言葉は〝幸せ〟だった。
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