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恐る恐る、布団の住人の元に忍び寄ると、暗がりの中で確認できたのは、枕元に置かれていた眼鏡とブックカバーが掛けられた文庫本。
穏やかに瞼を閉じている男性の顔を覗き込む。
目を開いたら切れ長な瞳なんだろうことを思わせる双眸と整った鼻梁、優し気な口元。
(あれ? どこかで見たことがあるような……?)
歳の頃は久留米先生と同じくらいだろうか。
どうしよう、大人の男性なんて義父のせいで最も畏怖してしまう対象なのに、どうしよう。
僕は、この男性にちゃんとお礼を言えるだろうか。
とりあえず、自分を介抱してくれた(と、思われる)人間は確認できたので、物音を立てないように静かに寝かされていたリビングに戻る。
もう一度寝てしまって、彼が起きてきてからどんなリアクションをされるのか確認してからお礼を言おうと思って布団に潜り込んでみた。
──だめだ。全然、眠れない。
再びガバッと半身を起こす。
ふと見た座卓の上に僕の財布とスマートフォンが置かれていた。財布の中を確認してみると、居酒屋に入る前と中身が変わっていない。
(お酒の代金まで出させちゃったんだ……)
そこで閃く。
この財布の中身を全て置いてここから脱出すれば、それでお礼にならないだろうかと。
でも――。
服がない。
今着ているこのスウェットは彼の物だから着たまま帰るわけにもいかないし……僕の服はどこへ?
というか、僕は何故、身体を清められて着替えまでしている? お金を出させた上にそこまで世話するなんて、どれだけお人好し?
これじゃあ、黙って帰るわけにはいかないじゃないか。
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